恋なんてできない

「恋できないって、どういうこと? もうすでに好きな人がいるとか?」

「……違います。恋をする……誰かに心を傾けるのが、怖いんです」


 そう語るセシリアの指先は震えていた。


「だって、私聖女なんですよ? あなたの恋次第で世界の運命が変わります、って言われておいそれと誰かに恋なんかできますか?」

「乙女ゲームではよく言われる台詞だけどね」


 自分の選択次第で世界が変わる。

 そのキャッチコピーで無邪気に喜べるのは、所詮ゲーム機の中の出来事だからだ。自分の選択で本当に世界そのものが変わってしまうと聞かされて、選択できるかと言われたら私もうなずく自信はない。

 ヒロインセシリアにとっては、乙女ゲームが現実なのだ。


「……私には無理です」


 セシリアはまた首を振る。


「王家の問題も、世界の問題も、何もかも重すぎます。いきなり私は世界を救う聖女だって言われて、小夜子さんの記憶を渡されて、はい頑張ってって言われても受け止められません」

「セシリア……」

「私に世界を救う勇気なんて、ないんです」


 とうとう涙をこぼし始めたセシリアの背中をなでる。泣いてる女の子をなだめるのは今日二回目だ。

 私は心の中で女神に悪態をつく。


 あのー運命の女神様?

 あなたがポンコツなのは前々から知ってましたけどね?

 救世主に知識を与えようとして、余計混乱させないでもらえますか!

 しかも自分の運命を知ったせいで、怯えちゃってるんですけど?

 わざわざ救世主のやる気をそいでどーすんの!!


 世界を救う才能がないにも程があるだろ!


「わかった、無理に恋しろとは言わない」

「え」


 私が宣言すると、セシリアがぱっと顔をあげた。目をまんまるにして私を見つめる。


「だって、私はフランと恋愛結婚したいんだもん。それで、セシリアに王子との恋愛を押し付けるのは筋違いってものでしょ」


 自分は自由恋愛するのに他人に政略結婚もどきを強要するなんて、ダブルスタンダードもいいところだ。


「王家の問題についても、こっちでどうにかできないかやってみる」

「い……いいんですか」

「よく考えたら、世界のことをあなたひとりに背負わせるのは変だわ。この世界の問題は、この世界人間全員の問題だもの」


 ハンカチでセシリアの涙をふいてあげると、セシリアは眉を下げた。

 どう反応していいかわからないらしい。


「本当にいいんですか……恋だけじゃなくて、王家のことまで……。私は……鍵を握ってるのに」

「確かにあなたは、王家の継承問題を解決する鍵を持ってる。それは、全てをひっくり返すことのできる最強のジョーカーよ。でも、そのカードを切った瞬間、あなたの人生は決まってしまう」


 セシリアは唇を噛んだ。私はゲームプレイヤーとして、セシリアの持っているカードの中身を知っている。そして、カードがどれくらい重いのかも。


「カードを切るかどうか、決めるのは私じゃない。セシリアよ」

「ありがとうございます……」


 セシリアは深々と頭を下げた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る