ランス伯爵家の弱み

 今まで冷たかった家族が、自分を見て笑ってくれる。

 それは、機能不全家族で育った子供が一度は見る夢だ。私だって、塩対応だった兄様に頭をなでてもらえた時は、涙が出るほど嬉しかった。


 でも、家族のために自分を変える努力をした私と、ただ王妃に利用されるようになっただけの王子とは状況が違う。

 何より、私はあの王妃が息子を1ミリも愛していないことを知っている。


 家族に愛されたと喜んでいる子供に、それはまやかしだと告げなくちゃいけないなんて、残酷すぎるだろ。


 ヴァンはがりがりと頭をかく。


「従者なんだからヘルムートも、ちったぁ止めろって話なんだけどなー」

「あの子はあの子で、王子の言うことなら何でも従うように言われてるからね……」


 王宮に出入りして育った分、王子たちの事情を知っているケヴィンが困り顔になる。


「ランス家が王室の言いなりになってるのも問題だよね。どうしてそこまで、王家や王妃の肩を持つんだろう」

「なんだ、ケヴィンお前知らねえの?」

「知らないって、何を?」

「ランスは王家にデカい弱みがあるんだよ」


 ランス伯爵家は、ハーティアの西の国境を守る騎士の名門だ。キラウェアとはじめとした、西側諸国からの侵攻を何度となく食い止めてきた歴史がある。本来なら、東部防衛の要クレイモア伯爵家と同等に扱われる。


「弱みの発端は200年前の駆け落ち事件ね」

「あ~……歴史の授業で習った……ような?」


 ケヴィンが首をかしげる。

 事件っていっても、それをきっかけに戦争が起こったとかじゃないから、歴史書でもあまり大きくは取り上げられない。でも、ランス家にとっては最も重要な事件のひとつだ。

 女神の乙女ゲームでも重要なエピソードだから、攻略本には詳細が載せられているけど。


「ハーティア王家と勇士7家は受け継ぐ血統そのものが重要。だから、外国から人を入れることはあっても、子供を国外に嫁がせることはないわよね」

「ああ、なんかそんな話だったね。国王の兄弟姉妹はだいたい国内の貴族と婚姻するって」


 仕事の都合で国外に出ることはあっても、血族がそのままハーティアの外に居つくことは法で禁止されている。その結果、王家と勇士7家は血が混ざりあい、建国から500年が経過した現在では、全員が遠い親戚関係にある。うちも、何代かさかのぼれば王家の姫が降嫁した記録が出てくるはずだ。


 駆け落ち、外国に嫁げない、というパズルのピースを渡されたケヴィンは、はっと息をのむ。


「駆け落ち事件って、もしかして……」

「そう。当時のランス家末っ子が、王女様を連れて国外に逃亡したのよ。……その王女はランス家長男に嫁ぐ予定だったらしいわ」

「うわあ……それは、王家の怒りを買っただろうね……。ちなみに王女様たちはその後どうなったの?」

「あまり長生きはしてないんじゃないかなあ。北東の霊峰あたりで足取りが消えたそうだから」


 霊峰といえば、獣人くらいしか住めない厳しい土地だ。お城育ちのお姫様が生きていけるとは思えない。攻略本もそこまでしか記録していなかった。


「ランス家はその事件以来ずっと、王家に対して弱腰なのよね」

「いやでも200年も前のことだよね? ずっとそのままって変じゃない?」

「そこはかわいそうだと思うんだけどね……」


 私は重いため息をつく。


「汚名を返上しようとした現ランス伯は、西側諸国と融和したって手柄をたてるために、キラウェア国の第二王女カーミラと王太子の結婚を提案したのよ」

「ええええっ、つまり王妃様が嫁いできたのは、ランス伯が勧めた……から?」

「ランス家が王妃を否定できないのは、そこが原因だよなー。王妃が悪いって話になったら、そいつを呼び込んだランスも悪いって話になるから」


 あーやだやだ、とヴァンは悪態をつく。

 ランス家にも王妃にも思う所が山ほどある彼は辛辣だ。


「ヘルムートにも、王子にも事情がある、っていっても放っておけないよね……」


 何故ならハーティア国王位は世襲制で、現国王の子はオリヴァー王子しかいないからだ。



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