落第事件顛末記

「三年前に、騎士科生徒の8割が卒業試験を受けられなかった事件は覚えてる?」


 ケヴィンにそう言われて、私は頷き、セシリアが首を振った。

 田舎で暮らしていたセシリアには、知りようのない事件だよね。


「学園内で王妃派と宰相派が対立してね。アルヴィンさんの卒業を阻止しようと、王妃派の学園長が試験を妨害したんだ。騒動に巻き込まれて、騎士科のほとんどの生徒が卒業資格を得られなかった」

「それがきっかけで学園改革が起きて、学園長は追放されたのよね」

「うん。その裏で……落第させられた生徒たちはどうなったか知ってる?」


 今度は私も首を振った。

 事件自体は聞かされてたけど、ハルバードに引きこもっていたので、その後の詳しいことは知らない。


「彼らはみんな既に進学先も就職先も決まっていた。それなのに、試験一つで卒業証書が得られなかったんだ。当然進路に影響が出る」

「王立学園の卒業資格は重要なステイタスだもんね」

「いくら妨害があったといっても、詳しい事情を知らない人にはただの『落第生』だ。その時、同級生に手を差し伸べたのがアルヴィンさんだった。もう一年受講する意志のある生徒には、学費と生活費の支援を。学園を去らなくてはいけない生徒には、学力を保証する書類を発行して就職を支援したそうだよ」

「ええ……それって、ものすごくお金がかかるんじゃ……」


 聞いていたセシリアが青ざめた。

 騎士科は1学年に百人以上が在籍している。落第生全員分の支援となると、とんでもない金額になるだろう。

 でも、うちは大富豪ハルバード侯爵家だ。


「まあ、出せない額じゃないわよね」


 私があっさり肯定すると、セシリアはさらにぎょっとした顔になった。


「アルヴィンさんの支援は、落第生だけじゃなくその兄弟や家族、卒業生を雇用する予定だった各行政機関も救ったそうだよ」

「……兄様が騎士科の恩人なのはわかったけど、どうしてそこに私の名前が出てくるの? やっぱり私は何もしてないじゃない」

「当時在学していた姉さんたちから聞いた話だけどね、アルヴィンさんはことあるごとにこう言ってたそうだよ。『自分が学園改革を行えるのは、領主代理を引き受けてくれた妹のおかげだ』って」

「あ」

「さらに、『同級生を支援するお金も、妹のアイデアで給湯器事業を興せたから工面できた。妹には感謝してもしきれない』ってね」

「あああああ……」


 そんな風に説明されたら、みんな私に恩を感じますね!

 わかりました!!!!


「何も考えずに同級生を助ける人じゃないと思ってたけど……騎士科をまるごと味方につけるために一芝居うったわね……兄様ぁ……」

「……そういうわけで、騎士科はほぼ全員が宰相派、というかハルバード派なんだ」


 ヴァンが顔をしかめる。


「そこに、詳しい事情はわからねえが、ハルバードの兄妹をめちゃくちゃ怒らせたらしい王子が入ってきたら……まあ、対応は冷たくなるわな」

「そもそも、騎士科が大変なことになったのは王妃様のせいだったし」


 王子様、かなりやばくね?

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