権力の使いどころ
「ディッツ?! あんた、なんでこんなところにいるのっ!」
王立学園の魔法学科教師に呼び出されて研究室に来てみたら、そこにいたのはうちのお抱え魔法使い、ディッツ・スコルピオだった。
「今期から俺も王立学園の教師だからだ」
さも当然、という顔でディッツはニヤニヤ笑っている。
「王立学園にお前ら3人だけじゃ不安だからってな、若様が権力にモノをいわせてねじこんだんだよ」
「えええ……」
「お嬢にも一応一言断っておいたんだがなあ……全然聞いてなかったな」
「え」
そうだったっけ?!
ぱっと横に立つ魔法使いの弟子兼従者に目を向けると、彼は困り顔でこてんと首をかしげた。
「うん、ちゃんと言ってたよ」
部下のこんな重大報告を右から左に流してたって、どんだけ上の空だったんだ私……。
「でもまさか、こんなに立派な研究室がもらえると思ってなかったなあ」
ジェイドはぐるりと部屋の中を見回す。
ボロそうな外観とは裏腹に、内装は思ったより快適だった。大きな薬品棚と机、竃などがそろった研究室に、くつろぎのソファスペース。さらに地下室と二階もあるようだ。
「これも若様のはからいだ。寮生活じゃ寝室にも他人がいて、おいそれと密談もできないだろ。ここをお嬢の秘密基地として使えってよ」
「離れの秘密基地かあ。やってることが、ハルバード城とまるっきり同じね」
「安心するだろ?」
「うん、すごく嬉しい!」
兄様の心遣いに感謝だ。
自分だって縁談を壊されてショックだったはずなのに、私のことを考えて手を回してくれるなんて。今度帰省したら、ちゃんとお礼を言わなくちゃ。
「しかし、そう頻繁に利用していいものでしょうか」
フィーアが顔を曇らせる。
「ご主人様は王子と婚約したことで、社交界の注目の的となりました。幼いころからの魔法の師とはいえ、男性の管理する建物に出入りしていたら、あらぬ醜聞を招くように思います」
「その対策も考えてある」
ディッツはにやっと笑った。
「王立学園に研究室を構えるにあたって、新しく女の助手を雇うことにした。常に女性職員のいる研究室なら、変な噂も立たねえだろ」
「助手!?」
ジェイドがぎょっとして声をあげた。その顔は真っ青だ。
私の従者である以上に、師匠の一番弟子であることにプライドを持ってる子だからなあ。自分以外の誰かが師匠を手伝うことが相当にショックだったらしい。
「落ち着け、落ち着け。助手っつっても、この研究室を出入りするための肩書みてえなもんだから。あいつはあいつで別の仕事があるんだよ」
「そ、そう……」
「俺が安心して薬品を任せられんのが、お前だけなのは変わらねえから。こっちでも一緒に研究室の掃除をやろうぜ?」
「うん……やる……」
涙目の弟子の背中を、師匠が叩く。この5年で背は伸びたけど、こういうところはまだまだ少年のままだ。
「面倒くさい奴……」
フィーアがぼそっとつぶやく。その瞬間、ジェイドがものすごい形相でフィーアを睨んだ。
ソレ、今言っちゃいけないやつー!!
「あ~、とにかく新しい助手は二階にいるから、挨拶してこい」
「3年間お世話になる相手だものね。そうさせてもらうわ」
私は二階に続く階段に向かった。
でも、ディッツの助手としてもぐりこめるような女性の人材って、いたっけ?
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