悪役令嬢は学園生活を謳歌したい

入寮

 ゴトン、と音をたてて馬車が止まった。

 ぼんやりしているうちに、馬車が目的地に着いたようだ。


「お嬢様、少し待ってて」


 同乗していたジェイドが先にドアを開けて降りていく。馬車の外からはごそごそと人が作業する音が聞こえてきた。主人を降ろすための準備をしているのだろう。

 しばらくして、もう一度馬車のドアが開いて、手を差し出してきたのは……ジェイドだった。


「どうぞ」

「……ありがと」


 私はほっと息を吐いて、ジェイドの手を取る。

 馬車を降りたら、予想外の人物が手を出してたことが多かったせいで、すっかりトラウマだ。


「ご主人様、大丈夫ですよ。前回は遅れを取りましたが、もう迷いません。今後、許可された者以外が馬車に近づいたら、相手が誰であろうとも排除します」

「……あ、ありがと。でも、ほどほどにしてね」


 メイド兼護衛のフィーアが気合を入れる。

 彼女なら、本当にやりそうで怖い。


 私はジェイドにエスコートされて馬車を降りると、顔をあげた。

 そこには、古い石造りの巨大な建物がそびえたっている。

 といっても、王宮やうちの屋敷みたいに豪華なデザインじゃない。稲妻型の傷のある男の子が魔法を勉強してそうな、重厚で真面目な雰囲気だ。ハーティアの未来を支える貴族の子供がともに学ぶ場所、王立学園である。

 私も、今日からこの学園で3年間を過ごすことになっている。


 周囲を見回すと、同じような入学予定者が、使用人を連れて行ったり来たりしている。

 人の多さを目の当たりにして、ジェイドが目を丸くした。


「すごい人数だね……」

「数日だけの話よ。荷物を運びこんだら、使用人は帰っていくから」


 王立学園は全寮制の寄宿学校だ。特別な理由がない限り、生徒本人しか学舎に滞在することはできない。うちも荷運び用の使用人は連れてきてるけど、学生として学ぶ予定のジェイドやフィーア以外はすぐに帰る手筈になっている。


「何百人もの貴族子弟を、護衛もつけずに一か所に集めて生活させるんですか? 襲ってくださいと言わんばかりの施設ですね」


 思考がシビアなうちのメイドが、あきれてため息をついた。それを聞いて、ジェイドがこてんと首をかしげる。


「むしろ、警備のためにまとめてるんじゃない? 毎日家から通ってたら、通学中の護衛が大変だよ」


 馬車は結構運用コストのかかる乗り物だ。

 うちみたいに大きな家ならまだしも、下級貴族家庭で毎日警備つきの馬車を出すのは無理だ。かといって、何もせずに送り出したら、あっという間に誘拐される。

 そう言われて、フィーアは神妙にうなずいた。


「毎日が襲撃チャンスになるわけね。それよりは、入寮のタイミングだけ警備を強化して、施設全体を見張ったほうがよさそう」

「それに、馬車列の管理も大変よ」


 私は後ろを振り返った。そこには何台もの馬車が列になって続いている。

 言うまでもなく、馬車という乗り物は大きくて場所をとる。その上乗り降りに時間がかかる。

 バスも電車もタクシーもないこの世界で、毎日始業時間にあわせて人数分の馬車がやって来ようものなら、学園前はたちまち馬車渋滞になってしまう。

 しかも、動力源である馬は生き物。

 毎日数百頭ぶんの馬糞がばらまかれる道とか、絶対近寄りたくない。


「結局、生徒をまとめて管理したほうが早いのよね」

「ご主人様を他人と一緒に生活させるのは、不安ですが……」

「そのための護衛よ。頼りにしてるからね、フィーア」

「はいっ! まずは入寮の手続きをしてきますね」


 フィーアが早速仕事にとりかかろうとしたところで、建物から人がやってきた。服装や態度から察するに、学園の職員っぽい。


「リリアーナ・ハルバード様ですね! お待ちしておりました。こちらで受付と荷物の引き渡しをいたします」

「あら、いいの? 他の子たちは並んでるみたいだけど」

「王子殿下の婚約者様をお待たせするわけには、いきませんから」


 あー……そういやそうだったわ。




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