悪役令嬢の立場
「ご主人様は、いまだハルバード侯爵家の令嬢です。王家の付属物のように扱うのはやめていただけますか」
私を「王子殿下の婚約者様」と呼んだ学園の職員をフィーアがじろりと睨んだ。
その視線の鋭さに、職員がひるむ。
「やめなさい、フィーア。彼はただ職務を全うしているだけなんだから」
王子の婚約者、という肩書は侯爵令嬢という肩書を上回る。彼が私を王家の一員扱いするのは当然の話だ。
入学歓迎パーティーの夜、王子の公開プロポーズを受けた私は正式に彼の婚約者になった。
王子様の求婚に愛など存在しない。そこにあるのは、どす黒い王妃の悪意だけだ。
全く、やってくれる。
彼女は王子にただ一言「結婚してください」と言わせるだけで、ハルバードとミセリコルデの縁談と、さらに両家の跡取問題までひっくり返してしまった。
おかげでどっちの家も大混乱だ。
フランとも、あの夜以来会えていない。
じっとしてても解決しないのはわかってる。でも縁談がぶち壊しになったことがショックすぎて何も考えられなかった。茫然としてたらいつの間にか入寮である。
好きでもない王子の婚約者として学校に通うとか、地獄じゃねーか。
友達と恋人に囲まれた楽しい学生生活どこいった。
「これから3年間、よろしくお願いするわね」
とはいえ、おおっぴらに王室批判するわけにはいかない。
私は淑女の仮面をつけて、職員に笑いかけた。
「私たちの部屋はどこになるのかしら」
「はい。リリアーナ様とフィーア様は女子寮4階の特別室、ジェイド様は男子寮3階の一般室になります」
「特別室? ……それに一般室?」
ジェイドが、またこてんと首をかしげる。
「寮は寄付金の額と身分でエリアが分けられてるのよ」
階級社会なこの国では、学校だってもちろん階級制だ。
男子寮の一階は食堂などの共有スペース、二階は庶民向けの大部屋、三階は中堅貴族向けの三人部屋、四階は高位貴族向けの広い二人部屋となっている。そしてさらにその上、五階には王家と勇士7家の大貴族専用のサロンつき特別室がある。
女子寮もほぼ同じつくりだけど、男子と違ってこっちは良家のお嬢様しか通わないので、庶民向け大部屋エリアが存在せず、二階から中堅貴族向けフロアになっている。
ハルバード侯爵令嬢の私はメイドと一緒に特別室、庶民出身だけど侯爵家所属のジェイドは中堅貴族むけの一般室、というわけだ。
ちなみに、ゲームだとヒロインはド貧乏すぎて入れる部屋がなく、地下の物置で暮らしていた。どんだけ底辺スタートなんだよ! とコントローラーを握り締めながら悪態をついた覚えがある。
「部屋割りに問題はないわ。案内してくれる?」
「それが……」
職員は懐から書類を一枚取り出した。
「魔法科より召喚状が発行されています。先にそちらに向かったほうがよろしいかと」
受け取った書類には、魔法科の研究室のひとつに向かうよう指示が書かれていた。
「確かに、寮でごちゃごちゃしてたら遅くなっちゃうわね。荷物の搬入はお願いしていいかしら?」
「はい、責任をもってお運びいたします」
「よろしくね」
用件を終えて、職員は立ち去っていった。
その背中を見送ってから、私たちは顔を見合わせる。
入学早々魔法科の先生に呼び出されるようなこと、したっけ?
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