やっぱり行きたくないでござる

「ふう……」


 ごとごとと揺れる馬車の中で、私は何度目かのため息をついた。それを見て、同乗している侍女のフィーアが苦笑する。


「やはり、王城は緊張しますか」

「あの王妃様のお膝元だと思うと、どうしてもね……」

「しかし、今回は正式な舞踏会ですし、他の貴族の目もあります。表立った妨害行為はないのでは?」

「だといいんだけど……」


 私たちが向かっているのは、王城内の巨大ホールだ。そこには、今年王立学園に入学する予定の貴族子弟が一同に集められている。本日の催し物の名前は『国王様主催の入学者歓迎パーティー』少年少女たちが正式な社交界への第一歩を踏み出す、お披露目パーティーでもある。ただのお披露目と侮るなかれ。会場には国王夫妻のみならず、国内の主だった貴族が列席し、未来のハーティアを支える若者たちを迎えいれるのだ。

 王妃は立場上、その悪意の刃を表立ってふるうことはない。

 しかし油断ならない人であることに変わりない。


 それに、懸念材料は他にもある。


 聖女ヒロインの登場だ。

 ゲームでは、貧乏すぎて歓迎パーティーに参加できず、ひとり寂しく入寮手続きをするところから物語が始まっていた。しかし現在のヒロインはド貧乏などではなく、カトラス侯爵家の身内だ。ダリオのことだから、ちゃんと親代わりとしてドレスや馬車を用意していることだろう。

 セシリアをダリオから正式に紹介されたら、どうしたらいいのか。

 私の中ではまだ答えが出ていない。


 ゲームの中でヒロインの素性や裏設定は嫌というほど見て来た。

 しかしそれはゲームのコントローラーを握っていた私の視点の話だ。今この世界で生きて判断している彼女が何を思い、どう生きようとしているかはわからない。

 なまじ裏を知っているだけに、どう扱っていいかわからないのだ。


 世界を救うという目的がある以上、関わらないわけにもいかないんだけど。


「ええい、やめやめ!」


 私は首を振った。いつもだったら全力で首を振るとこだけど、ヘアセットが崩れるから控え目に。


「今日は自分の婚約発表なんだから、かわいく笑顔でいなくちゃ」


 実はそうなんである。

 噂が沈静化したら、私とフラン、兄様とマリィお姉さまの婚約を発表しよう、って話だったんだけど、タイミングが合わなくて今日になっちゃったんだよね。

 なにせ、宰相家と侯爵家で長男婿入り交換結婚である。本人たちは納得していても、なかなか発表しづらい。


 お披露目会場で婚約発表ってどうなんだ、と思ったんだけどハーティアでは珍しいことではないそうで。既に嫁ぎ先が決まっている女子が、王立学園で他の男子に声をかけられないよう、この場で婚約を宣言するカップルが多いらしい。

 国の有力者のほとんどが集まってるから、改めて発表会とか開く手間も省けるしね。


 ゴトン、と音をたてて馬車が止まった。

 外では王宮づきの使用人たちが、下車の準備をしてくれている物音がする。


「よし……」


 ホールの入り口は広い階段になっている。ここから先はパートナーのエスコートで歩かなくちゃいけない。フランが待っててくれるはずだから、ここから先は大丈夫。


 しかし、馬車から降りようとした私に手を差し出してきたのは、フランじゃなかった。


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