悪役令嬢の推測
「ケヴィンに頭を下げられたら、嫌とは言えないわね」
「じゃあ……」
ぱっと顔をあげたケヴィンに私はにっこり笑いかけた。
「ただし、これはひとつ貸しよ。あとで私のお願いを聞いてちょうだい」
「もちろんいいよ、俺にできることなら何でも」
ケヴィンも気安く笑う。ダリオあたりだと『お前、一体何を要求する気だ!』とか言いそうなところだけど、彼は自然体だ。女の子のお願いに慣れてるんだろうなあ。
「これから話すことは私の推測よ。証拠は何もないし、下手に公言すれば足元をすくわれるわ。モーニングスター侯爵様に報告してもいいけど、話すタイミングには気を付けて」
「わかった」
私自身、もう一度周囲に目をくばる。この場に自分たちしかいないことを確認してから口を開いた。
「モーニングスター家を狙ったのは、アギト国よ」
「アギト国の有力者ってこと?」
「いいえ、国そのものよ」
私が断言すると、ケヴィンの紫の瞳が見開かれた。
「まさか……そんなこと」
「でも、国がバックにいたのなら、納得できる点が多くない? 精度の高い毒物に呪物、訓練されすぎた刺客に、異常な速さの証拠隠滅……」
「それは、そうだけど」
「納得できない?」
「背景が大きい割にやったことが小さすぎて……。彼らがやったのって、結局俺の婚約者たちを争わせただけだよね。それも、どれかひとつの勢力に加担したんじゃない。全員を同時に焚きつけてる。目的がわからないよ」
ケヴィンの疑問は当然だ。
私だって、元から答えを知ってなくちゃ、彼らの目的に気づけなかったと思う。
「ねえケヴィン、想像して? もし、あの事件に私が乱入しなかったらどうなってたと思う?」
「君がいなかったら……? うーん、標的がばらばらになって、3人がお互いに殺し合った……かな?」
「あの子たちに、私のような護衛はいないわ。毒でも呪いでも刃物でも、きっと簡単に死んでしまったはず。未来ある良家の女の子が、モーニングスター家の花嫁の座をかけて何人も死んだら、きっととんでもない醜聞になったでしょうね。侯爵様のカリスマでも、収拾がつかないレベルの大混乱よ」
「まさか、モーニングスターの権威を落とすために? たったそれだけの目的で?」
「それだけってこともないでしょ」
3人の婚約者の死が、北部にどれほどの影をもたらしたのか。ゲームを繰り返しプレイしていた私にはよくわかる。あれは取返しのつかない悲劇だったのだ。
「モーニングスターは北部の要よ。諸侯がばらばらになったら、その隙をついて攻めることができるわ。精強な騎士の守るクレイモアを避けて、北東から攻め込むことだってできるかもしれない」
ことの重大さを知ったケヴィンは大きなため息をついた。
「なんて回りくどい作戦なんだ。でも……そうか、だからこそ国が裏にいるなんて、誰も思わない」
「アギト国を、領地や財産を求める普通の侵略国と思わないほうがいいわ。彼らはこの国を憎んでる。ハーティアを滅ぼすためなら、どの国とも手を結ぶし、どんなに高いコストだって払う。最終的に国が終わるなら、この大陸全土が焼け野原になったって構わないの」
国という組織は、そもそも利益を守るために作られる。
何かいいことがあるから、人は集まり指導者を受け入れるのだ。
しかし、アギト国は違う。運命の女神に仇なすためだけに、厄災の神が作り上げた国だ。
目的のためにどんな手段をとるのか、予想がつかない。
「悲劇を回避したからって、アギト国の悪意が消えるわけじゃない。また、何かをしかけてくるでしょうね」
この先は、ゲームに記録されていない。
シナリオから外れた先にどんな罠が待ち受けているのか、私に知る術はない。
未来が見通せないのは正直怖い。
でも、これから国を背負う者のひとりとして、立ち向かわなくては。
「彼らに対抗するために、私たちは手を組むべきだと思うの」
「それが君のお願い? 俺にメリットしかないじゃない」
ケヴィンに手を差し出すと、彼はにっこりわらって握り返してくれた。
「あら、私に味方するのは大変よ? だって次はどこに乱入するかわからないもの」
「そ……それは確かに」
今さら、私が爆弾娘なことに気が付いたらしい。ケヴィンの顔がちょっとひきつる。
「そこまで警戒しなくても大丈夫よ。私の友達として、他のお客に会ってもらうだけだから」
「えっ、ここに誰か来るの?」
ケヴィンが首をかしげたところで、タイミングよくフィーアが来客を知らせた。
ふふふ、実は今日のお茶会には特別ゲストを招待してるんだよね。
「フィーア、お客様をお通しして」
「ちょ、ちょっと待ってよリリィ!」
ケヴィンはびっくりしてるけど大丈夫。
素敵な友達だからね!
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