その後の話
モーニングスター家の事件が終結して数か月後、私はハルバード侯爵邸でお客を出迎えていた。
「今日はお招きありがとう」
お客は、私を見るとにっこり笑って花束を差し出してくれる。
「わあ……早咲きのバラじゃない! 綺麗……!」
「ふふ、折角君に会えるからね。おばあ様の温室から分けてもらったんだ。……うん、やっぱりこの赤い色は君に似合う」
そう言って、ケヴィンはにっこり笑った。
この台詞を下心ゼロで嘘偽りなく口にできるのが、ケヴィンのいいところで、悪いところだ。罪作りにもほどがある。
「ありがとう、部屋に飾らせてもらうわね」
言葉は甘くても、一切他意がないことはわかってる。私もにっこり笑って受け取ると、彼を中庭へと案内した。そこでは既にお茶の用意がすっかり整っている。
「どうぞ座って。今日はケヴィンのために、ハルバードのお菓子を用意したの」
「南部のお菓子だね。あまり食べたことがないから、楽しみだな」
「おいしすぎて、ほっぺたが落ちるわよ。……それで、そっちは今どうなの?」
一通りの社交辞令を交わしてから、私はケヴィンを見つめた。あえて、あいまいな言い方をすると、彼は苦笑する。
「まあ、おおむね落ち着いた、かな? 俺の、その……個性については、みんなびっくりしたみたいだけど、家族が納得してるのなら口出しするようなことじゃない、ってことになったみたい。おばあ様のカリスマのおかげだね」
「それだけじゃないでしょ」
モーニングスター侯爵は、確かに尊敬すべき女性だと思う。でも、最終的に受け入れてもらえたのは、ケヴィンが元々愛されてきたおかげだと思うけどなあ。そう指摘しても、ケヴィンは困ったように笑っている。
本人はまだコンプレックスを全部消化できてるわけじゃなさそうだ。
「三人の元婚約者たちは、どうしてるの?」
「……エヴァは結婚したよ」
「えええ? 早くない?」
ケヴィンとの婚約解消から、まだ数か月しかたってない。まさか、醜聞逃れのために強引に結婚させられたりしたんだろうか。私が慌てていると、ケヴィンはクスクスと笑いだす。
「実は、ずっと昔から結婚を誓い合った幼なじみがいたんだ。それを知らずに、おばあ様が俺との婚約を打診したら、勝手に叔父さんが乗り気になっちゃってね」
「それで、無理やり婚約させられてたのね。かわいそう」
「これ以上他のトラブルが起きないうちに、もう結婚しちゃおうってことになったみたい。おばあ様直々に祝福したから、モーニングスター家内の問題はゼロ。きっと幸せになるよ」
「よかったあ……」
本当に好きな人と結婚できるのなら、令嬢としてこれ以上幸せなことはない。
「フローラと彼女の両親も大丈夫。脅迫者が捕まったことで、元の生活に戻れたそうだよ。フローラ自身はこのまま田舎で生活するみたい」
「えっ……もしかして今回の事件のせいで、王都に出られなくなった、とか?」
それはそれで、寝覚めが悪い。
「ううん、事件は無関係。病弱な子だから、元々社交界には出さない予定だったんだって」
「それで今まで公の場に出てきてなかったのね」
偽物が成り代わるには、うってつけの生い立ちだったわけだ。
「あとはライラなんだけど……彼女が一番難しい立場かな」
「お金持ちの商人の娘だけど、爵位はないものね」
彼女は下手な貧乏貴族よりよっぽどいい暮らしをしてるし、地位も高い。しかし悪い言い方をすれば庶民だ。悪意ある貴族の悪口には弱い。
「おばあ様が彼女に非はないって言ってても、まだあれこれ言う人はいるみたい」
「巻き込まれただけなのにね……」
「そこで、リリィにお願いがあるんだ。秋から王立学園の女子部に通うんだよね? ライラも同じ学年だから、気にかけてもらえないかな。俺が直接かばうと、また噂になっちゃうし」
ケヴィンのお願いに、私は笑って頷く。
「いいわよ。婚約者問題で争ったはずの私が仲良くしてれば、悪口も言いにくくなるものね」
ライラのツンデレなところは、嫌いじゃない。
「みんな収まるところに収まったみたいだし、事件はおしまいかしら」
「……」
私の問いに、ケヴィンは素直に同意してくれなかった。周囲を確認して、側に控えているのがフィーアだけなことを確認してから口をひらく。
「その件について、君の意見が聞きたい」
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