誰にも内緒の話

 侯爵様は、私に向かって深くお辞儀をした。


「レディ・リリアーナ・ハルバード。あなたに深く感謝いたします」

「か……感謝……?」


 感謝って何だ。

 ありがとうってことなんだろうけど、全然意味がわからない。


「頭を上げてください、侯爵様! あなたにそのようなことをしていただく理由がありません!」

「理由ならあるわ」


 侯爵様は顔をあげるとにっこり笑った。


「あなたは、私の甥と姪の縁を結んでくれたじゃないの」

「あ……」


 うっかり忘れていた。

 クリスとヴァンはいとこ同士。そして、母親はふたりともモーニングスター家の娘だ。

 そして侯爵様は三姉妹。長女の侯爵様が家を継ぎ、次女がクレイモア家に嫁ぎ、末っ子の三女が前国王の側室として王宮に入ったのだ。

 だからヴァンもクリスも、侯爵様にとっては妹たちが産んだ大事な子供だ。


「イルマ……末の妹から、話は聞いてるわ。あなたは、自分の名誉も危険も顧みず、あの子たちを助けてくれたのでしょう? 伯母として礼を尽くすのは当然のことだわ」

「わ、私は、当たり前のことをしただけですから」

「それでも、あなたの助けがなくては、あの子たちは救われなかった。あなたはとても素晴らしいことをしたのよ」

「救うって……あれ? もしかして、侯爵様はクリスたちの事情を……」


 侯爵様はすっと唇の前に指を立てた。知ってるけど言わない、ってことらしい。

 やっと、この強引なふたりきりの理由がわかった。

 クリスとヴァンの秘密は他にもらすわけにはいかない。


「イルマは元々、王家ではなくモーニングスター傘下の貴族に嫁ぐはずだったの。でも、その前の年に北部を大寒波が襲ってね。王家から援助を引き出す口実として、側室に上がることになってしまった」


 私は無言でうなずく。

 本来結婚相手など選び放題のモーニングスター家の娘が側室になったのには、当然裏事情がある。領民を守るために貴族子女が生贄となるのは、そう珍しい話ではない。


「子を授かり、地盤が固まると思った矢先に前王に死なれてしまってね……その後、権力を握った王妃から子を守ろうと苦労していたわ。私も助けたかったけれど、なかなかそれもできなくて」


 侯爵様は苦いため息をつく。


「あの子が、クレイモアで穏やかな生活を送っていると聞いて、心底ほっとしたの。ありがとう、妹と甥を助けてくれて」

「ヴァンとクリスだけでなく、侯爵様まで幸せになれたのなら、よかったです」


 そう答えると、侯爵様は頷いた。その目はわずかに潤んでいる。


「何か困ったことがあったら、言ってちょうだい。モーニングスターがあなたの味方になるわ」

「味方だなんてそんな……あ」

「何かあるの?」

「えっと……実は、さきほどお話していたケヴィン様と仲良くしたいな、って思っていまして……でも、彼にはもう3人も婚約者がいるでしょう? 彼に声をかけるのを、少し見逃していただけると、嬉しいのですけど」


 あの3人のうちひとりは、侯爵様が推薦したお嬢さんだ。それを押しのけて第四の婚約者候補になるのは、かなり失礼にあたるんだよね。今更だけど。


「まあ、あなたがケヴィンを……?」


 侯爵様はまじまじと私を見た。


「やっぱりダメですか?」

「いえ、そんなことはないわ。ケヴィンとあなたじゃ、あの子がダメすぎてつり合いがとれそうにないだけで」


 そんな逆評価で却下されたら困るのですが。


「婚約者問題は、あの子自身が解決するべきと思って放置していたけど……今のままじゃ埒が明かないのも確かね。あなたのような外部の手を借りるのもいいかもしれない」


 侯爵様は頭に手をやると、かんざしのひとつを引き抜いた。鈍く光るそれを私の手に握らせる。そして、いたずらっぽく笑った。


「貸してあげるわ。北部で一番のお守りよ」



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