ゆとり教育

「フラン、あなたはリリィちゃんの家庭教師になりなさい」


 お姉さまはビシッと弟に命令を下した。


「私は仕事の都合上、社交指導までしかできないわ。足りない分は、あなたがカバーするの」


 え? フランが家庭教師? いいの? 確かに頭はいいけどさ。


「……俺が?」


 フランも私と同じ疑問を持ったらしく、うっすら眉間に皺が寄る。


「あなたに拒否権はないわよ。そもそもリリィちゃんのお勉強が進んでないのは、保護監督者の責任なんだから」

「その責を否定するつもりはありません。ですが、俺は男です。女子部で学ぶような詩作や芸事の指導はできませんよ」


 フランは王立学園の卒業生だけど、あくまで騎士科の生徒だ。

 ダンスくらいはできるけど、ドリーミーなポエム作ったりとかは無理だよね?


「そこは大丈夫。今年度から大幅にカリキュラムが変わったから」

「ええ?」


 それは初耳だ。


「アルの王立学園改革の成果よ。大半が芸事で占められていた女子部のカリキュラムを刷新して、歴史学や社会学、数学といった、直接女主人として立つときに必要な科目に変えたの。騎士科の一般教養とほぼ一緒の内容だから、フランが教えられるはずよ」

「ず……ずいぶん思い切りましたね?」


 ゲーム内では、詩作プレゼン競争とか、キラキラ編み物選手権とか、各種ミニゲームの舞台となっていた芸事科目が全消しとか。ゲーム世界を破壊するどころの話じゃなくなってるんだけど。


「そう無茶な話でもないわよ。20年前の水準に戻っただけなんだから」


 20年前。

 嫌な予感のするタイミングだ。


「もしかして……その芸事科目を増やしたのって……」

「王妃様よ。良家子女に最も必要なものは雅やかな教養だそうよ」


 やっぱり。

 ゲーム中でもなんか変だとは思ってたんだよ。

 知識の増える勉強コマンドが少ないのに対して、ダンスとか歌とかのコマンドばっかり用意されてたから。

 プレイ中何度『君たち、勉強しよ?』と思ったことか。

 あのおかしなカリキュラムは、国力を下げたい王妃様による悪意マシマシゆとり教育だったらしい。


 良家子女の教育水準が上がるのはいいことなんだけど、ますます攻略本がアテにならなくなってきたなあ。


「あとで、来年度の授業予定表をください。確認して指導します」

「ふふ、わかればよろしい」


 白旗をあげた弟を見て、マリィお姉さまは満足そうにうなずく。


「フランが家庭教師なら、改めて得意不得意を確認する手間が省けるわね。私の科目の好みも知ってるわけだし」

「……そうだな。確か、女子部以外の科目も受けたいと言ってなかったか」

「魔法学と、領地経営学かしら。その場その場で必要な箇所しか勉強してないから、ちゃんとまとめて学んでみたいのよね」

「あら、それなら早めに婚約者を決めないとね」


 マリィお姉さまが爆弾発言を放り込んできた。

 どうしてお勉強に婚約話が入ってくるの?!



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