閑話:悪役令嬢は夏祭りを盛り上げたい

「フラン、見て見て!」


 私はノックもそこそこに、フランが仕事する執務室に飛び込んだ。書類と格闘していた彼が怪訝そうな顔で顔をあげる。


「リリィ? お前、夏祭りの出し物を準備していたんじゃないのか?」


 そして、私がやるべきだった仕事を指摘した。


 カトラスの一件が決着して約一年。兄様が無事王立学園を卒業することが決まって一か月。領主の座を兄様に譲ることが確定した私たちふたりは、ハルバード城を去る準備に追われていた。

 夏祭りの出し物もそのひとつ。

 私が領主代理として参加する最後のイベントで、今まで支えてくれたお礼をするのだ。

 お祭自体も盛大に催す予定だけど、私自身何か素敵な贈り物がしたい、と無理を言って出し物の枠を作ってもらったんだ。


「今度は何を思い付いたんだ?」

「ふっふっふー、見て!」


 私は、用意していた光魔法を一斉に発動させた。

 赤、青、緑、黄色……様々な色の光の珠が、執務室内に浮かぶ。


「これは……綺麗だな」


 フランが目を見開いた。

 手伝いをしていた騎士や使用人たちも、仕事の手を止めて思わず光の珠を見つめる。


「このカラフルな光の珠を、一斉に打ち上げたらものすごく綺麗だと思わない?」

「ふむ、悪くない」


 はいっ!

 フランの『悪くない』いただきましたー!!

 彼がこう言う時は、だいたい『すごくいい!』っていう意味だからね!

 よーし、自信ついたぞー!


 実を言うと、普通に花火を打ち上げようとして挫折してたんだよね。


 魔法が盛んなこの世界じゃ、そもそも火薬があんまり研究されてない。だって、火魔法とか使った方がお手軽に火が出せるし、爆発だって起こせるから。

 しかも、金属とか鉱石とかの研究もそんなに進んでないから、炎色反応を起こす方法なんて誰も知らないし。

 私自身の知識も使ってみたんだけど、それも無理。

 銅が青緑とか、ナトリウムが黄色とか覚えてても、肝心の火薬に混ぜる方法とかがわからないんだよ! 理科室での実験は、高度に精製された薬品を使ってたしね!

 その『精製する方法』がわかんないよ!!


 と、いうわけで方針転換を余儀なくされた私は、光そのものを魔法で作り出すことにしたんだ。


「光魔法の明かりといえば、太陽の光のような白色光が普通だが、これはひとつひとつが別の色をしているんだな」

「そんなに難しいことはしてないわよ。光の波長をそろえただけだから」

「……ん?」

「波長を調整したら、色も変えられるの!」


 私は赤い光の珠を操作した。

 それはオレンジ、黄色、緑とゆっくり色を変えていく。


「待て、これはどうやってるんだ?」

「だから、そろえておいた光の波長を、ぎゅーってして変えるの」

「んん?」

「だって光って波だし」

「……」


 そこでようやく、フランの顔がひきつっていることに気が付いた。


「……あれ?」


 なんか雲行きが怪しいぞ?


「悪いが、皆退室してくれ。リリィとふたりで話がしたい」


 フランがため息まじりにそう言うと、使用人たちはさっと部屋を出ていった。私がトンデモ発言をして、ふたりきりでみっちりお説教をくらう、というのはいつものことなので、彼らも手慣れたものだ。


「……で、光がなんだって?」

「アレー……? もしかして、光が波の性質を持ってるって……この世界じゃ……認識されて、ない?」

「ない」


 うおおおおおおお……マジかああああああ……。


「詳しく説明しろ。話はそれからだ」

「えーと……光は、波になってるの。で、その波の幅が広いか狭いかで、色が変わるのよ」


 私はメモ用紙に波を描いた。


「こんな感じで、波がゆるやかな光が赤。波が細かくなるにつれて、紫へと虹色に変わっていくの。見てて」


 私はまた光魔法を発動した。

 私が魔力を込めると、暗い赤の光は徐々に明るい赤になり、橙、黄、緑、青、藍、紫、と変化し、さらに暗くなって消えた。


「待て、それはおかしくないか? 白色光はどこにいった?」

「えっと白っていう光はないの」

「ない?」

「いろんな波長の光が混ざってるのを、人間の脳が『白』だと認識してるのよ。えーと、光の三原色、だったかな……」


 私は緑、赤、青の三色の光の珠を作り出した。

 珠同士を重ねると、それぞれの色が変化してひとつの白い光になる。


「術を重ねたことで、変化したんじゃないのか?」

「術の干渉じゃないわよ。……ものすごーく小さくしたら、わかりやすいかな?」


 テレビやパソコンのモニターと一緒だ。

 めちゃくちゃ小さな3色の点の集合を見て、私たちは様々な色だと認識している。

 だから、この3色セットの小さな珠をたくさん作ったら、白に見えるはず。


 小さな光を作り出してフランに手渡すと、彼はものすごい形相で光を近づけたり遠ざけたりを繰り返していた。


「にわかには信じがたいが……否定する材料が見つからない」

「前世だと、当たり前の知識なんだけどねー」


 ファンタジー世界って、小学生でも知ってる科学知識が欠けてたりするんだよね。

 何が地雷になるかわからないから困る。


「もう一度、虹色に変わる様子を見せてくれないか」

「いいわよー」


 フランのリクエストに応えて、私はまた赤から紫へと虹色に光を変化させた。


「波の幅が広いのが赤で、紫になるにつれて、狭くなるの」

「赤の最初と、紫の最後で光が暗くなるのは何故だ?」

「これは赤外線と紫外線ね」

「セキガイセン……?」

「んーと、可視光っていって、人間の目には感知できる波の幅に限界があるの。ほら、フィーアやツヴァイが聞こえている高さの音を、私たちが聞こえてない時があるじゃない? あれの、光バージョン」

「ふむ」

「光の波長がすごーく長かったり、短かったりすると、感知できないのよ。これは生き物によって、認識できる幅が違うの。私たちが見ている色がわからない動物もいるし、逆に紫外線や赤外線が見えてる動物もいるわ」

「人間の目では認識できない光……か」

「信じられない?」


 そう言うと、フランは首を振った。


「いや、なんとなくわかる。獣が俺たちの認知し得ないものを感じ取っている時があるからな。そうか……魔力だけの問題ではないんだな」

「すごいでしょー」


 久々にフランをびっくりさせることができて気分がいい。

 気をよくした私は、言わなくてもいいことを言った。


「現代日本では、赤外線も紫外線もよく使われてたの。赤外線センサーを使って人間の目を煩わせずに信号を送りあったりとか、紫外線をあてて殺菌処理をしたりとか」

「……殺菌?」

「フランには前に話したでしょ? 空気中には私たちの目には見えない細かい生き物がいて、病気の原因になることがあるって。煮沸消毒やアルコール消毒のできない機材を、紫外線で殺菌できるの!」

「……ほう」


 すうっとフランの目が細くなった。


「つまり、紫外線には微生物を殺せるほどの殺傷力があると」

「あれ……まあ、そうなる……かな?」

「それを人体に長時間あてたらどうなる?」

「……めっちゃ日焼けして火傷するね。場合によっては、皮膚の病気になる、かも……?」


 そういえば、強い紫外線を出す機械は規制されていたような……。


「危険なので人前での光の波長変化魔法は使用禁止」

「そんなああああああああああ!!!」


 フランのいけず!!!

 たまには私に知識チートさせろおおおおおお!!!!



 結局、夏祭りでは水魔法で作った水蒸気のスクリーンに光をあてて虹を作ることになった。

 そこそこウケてたけど、なんか納得いかない!!!


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 ファンタジー世界での科学話。

 分光実験を行って光が波の性質を持つことを科学的に論じたのはニュートンが最初らしいです。プリズム自体は1世紀ごろからあったらしいですけど。

 クソゲー世界に近代物理はまだ存在しない、という設定なので、リリィちゃん以外光の波長についてはノー知識ということで。


 本編とは全く、全然、関係ない横道ですが、こういうエピソードを書くの大好きです。

 むしろこういう話ばっかり書きたいとかある。




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