閑話:それぞれのエピローグ4(ダリオ視点)
美しく整えられた王宮の廊下を、俺は数名の側近を引き連れて歩いていた。
身にまとうのは最高位の正装。胸にはカトラス家に伝わる紋章付きのブローチが輝いていた。
先祖伝来のブローチを身に着ける。
それは、王家から正式にカトラス侯爵と認められた、という証である。
無事に侯爵位を継承した俺は、ほっと息を吐く。
父、サンドロ・カトラスが手を染めていた人身売買は重犯罪だ。
本来なら、一族郎党まとめて殺されていてもおかしくなかった。
にもかかわらず、息子の俺がこのブローチを許されたのには、いくつかの理由がある。
ひとつは、俺自身がカトラスに巣食う犯罪者どもを摘発し、父を告発したこと。
もうひとつは、父の作った借金を整理し、財政危機をかろうじて回避したこと。
そして……今から会う人物が、俺の爵位継承を支持したことだ。
カトラス家を廃絶し諸侯で分割統治すべし、という王妃派の意見を封殺。たとえ父親であっても犯罪者を許さない、気高き者こそ侯爵にふさわしい。と言って支援してくれたのだ。
まず真っ先に礼を尽くさねばならない相手である。
彼の執務室の前に来ると、一目見ただけで精鋭とわかる兵士と、重厚な扉が俺を迎えた。
面会の約束を告げると、俺ひとりだけが中に招き入れられる。
執務室のデスクの前には、部屋の主に加え……さらにふたりの人物がいた。
「お会いする機会を与えてくださってありがとうございます、ミセリコルデ宰相閣下。そして……ハルバード侯、クレイモア伯」
おかしい。
俺が約束していたのは宰相閣下だけだったはずだ。
何故同レベルの重鎮がふたりも同席している。
「予告なく同席者を増やして申し訳ない。君は侯爵になったばかりで、いろいろと忙しいだろう? 何人も挨拶周りしていては、大変だろうと思って彼らを招いたんだ」
「お心遣い、感謝します」
かしこまって返事をしてみたが、予告なしに3人いっぺんに面会するのと、ひとりひとり面会の約束を取り付けるのと、どちらが楽か、判断はつかなかった。
「私の侯爵位継承は、お三方の助力があったおかげです」
正式な騎士の礼をすると、ミセリコルデ宰相閣下は鷹揚にほほ笑む。
「なに、古の勇士の末裔である我ら7家は特別だ。その血筋を絶やしてはいけない……というのは建前で」
宰相閣下はデスクから便箋を一枚取り出した。
「実は、少し前に息子から手紙をもらってね。休暇でカトラスを訪れた際、随分よくしてくれたそうじゃないか」
宰相閣下の隣に立つハルバード侯爵も笑う。
「私も、娘から手紙をもらいました。カトラスで、『とても素敵なお買い物』ができた、と嬉しそうにしていました」
何のお買い物だ、何の。
つっこみたいが、つっこめない。
「今回のことは、そのお礼のようなものだと思ってくれればいい」
「そう……ですか」
「儂のほうは、詫びだな」
クレイモア騎士伯が立派な顎髭をさすりながら言った。
「聞けば、儂の孫がカトラスで恋に落ちた王妹殿下は、もともと貴殿とお見合いするために、かの地を訪れていたそうじゃないか。せっかくの侯爵夫人候補を奪ってしまったわけだからな」
王妹殿下と結婚する気は1ミリもなかったし、なんなら殿下本人も闇オークション目当てでカトラスを訪れていたんだが。
何がどうなったら、クレイモア伯爵家嫡男との電撃婚約になるのか、わけがわからない。
「……感謝します」
どう答えていいかわからず、そう言うのが精いっぱいだった。
実を言えば、ミセリコルデの長男が闇オークションで大暴れしたのも、ハルバードの長女が闇オークションでお買い物をしてたのも、王妹殿下が闇オークションに参加しようとしたのも、クレイモアの孫が王妹殿下をかっさらっていったのも、公に出ればそれなりの醜聞になる話だ。うまく使えば各家から金や条件を引き出すこともできただろう。
しかし、強請たかりというのは、交渉事だ。
父親の後始末に奔走している状況で、そんな面倒くさいことををやっているヒマはない。面倒くさすぎて全部放置してしまっていたら、それらが巡り巡って、今回の支援につながったらしい。
情けは人のためならず、と言うべきなんだろうか。
「王宮は大きく変わろうとしている」
宰相閣下は、俺に手を差し出してきた。
「今こそ、我ら7勇士の末裔は結束すべきだと思わないか?」
その意図は明らかだ。
支持の見返りに、彼を中心とする派閥に入れ。そういうことなんだろう。
「もちろんです、閣下」
断る、という選択肢は存在していなかった。
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ダリオ、重鎮に囲まれてちょっと怖い思いをする、というお話。
本編投稿時に、「ダリオも連座で死ぬ?」と心配する声が多かったので、説明もかねて。
国のトップ貴族3人が擁護したので、カトラスはダリオが継ぐことになりました、まる。
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