閑話:それぞれのエピローグ3前編(ツヴァイ視点)

 俺の人生は屈辱に満ちていた。

 体に奴隷の刻印を押され、呪いで縛りつけられ、やりたくもない命令に従わされる。

 引き離された家族は、モノのように扱われて、ひとり、またひとりと死んでいく。

 最後に残された末の妹さえも、無謀な作戦に投入されて行方がわからなくなった。

 探そうにも、拘束された不自由な体ではどこにも行けない。


 服従を強いる術者を呪いながら、ただ死なないだけの日を送る。

 暗闇の中でもがく術すら忘れかけたころ、唐突に終わりが訪れた。


「……少し、待ってくれ。情報が多すぎる」


 清潔なベッドで傷の治療を受けながら、ここに連れてこられたいきさつを聞いていた俺は、思わず彼らの言葉を遮ってしまった。内容が濃すぎて自分のキャパシティを越えている。

 妹が潜入先で捕らえられ、その後保護されたところまではわかる。

 だが、侯爵家令嬢の専属メイドになり、お見合いに同行して騎士伯家の暗殺騒動に巻き込まれた挙句に闇オークションに潜入して元締めと対決したとか、何をどうしたらそうなるんだ。

 だいたい、今この部屋にいる人間の素性も、自分の理解を越えている。

 妹と、その雇い主であるハルバード侯爵家令嬢はわかる。だが、東の賢者と称えられる魔法使いが弟子と二人がかりで俺の治療をしているのはなんなんだ。そんな高位の医療魔法使いは王侯貴族しか診ないものではないのか。


「お前に関係する情報だけを要約しよう」


 部屋の隅で、妹たちが状況説明するのをじっと聞いていた男が口を開いた。彼も、侯爵令嬢の補佐のように立ち振る舞っているが、出自はミセリコルデ宰相家の長男なのだという。何故こんなところでこんなことをしているのか、理解が及ばない。


「まず、お前の妹フィーアは2年前ハルバードに保護された。その後、リリィの専属メイドとして働いている」


 こくこく、と頷く妹を見る。魔獣の牙に連れ去られた時から少し成長した妹は、とても毛艶がよかった。栄養のある食事を与えられ、大事にされているのだろう。

 最も心配していたことだったので、素直にほっとしてしまった。


「次に、お前の身柄は現在ハルバード侯爵家預かりになっている」

「なるほど、ではそのお嬢様が今の俺の所有者か」

「身元引受人なだけよ。別に奴隷として飼いたいわけじゃないわ」

「じゃあ……なんのために俺を引き取ったんだ」

「フィーアのお兄さんだから?」


 お人形のような少女は、こてんと首を傾けた。

 わけがわからない。


「今のお前は、ハルバード家の食客、といったところだな。特に命じたいこともないから、まずは怪我の治療に専念してくれ」

「……治ったあとは?」

「あなた次第ね。服従の呪いも解いちゃってるから、故郷に帰るなり、他の一族を探すなり、好きなところに行っていいわよ」


 確かに、この体にはもう魂を縛る呪いの紋章はない。

 信じがたいことだが、本当に自由の身になったらしい。


「まあ、すぐには結論が出ないと思うから、妹のフィーアと一緒にじっくり相談してちょうだい」

「ご主人様?!」


 フィーアと一緒に、と言われて妹はぎょっとした顔になった。


「あ、あの……私と兄が一緒に相談するって、どういうことなんでしょうか」

「え……?」

「私はもう、お払い箱なんですか?!」


 妹は涙目になって叫んだ。



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