閑話:それぞれのエピローグ2後編(クリス視点)

 女子のたしなみに悪戦苦闘する私に向かって、ヴァンはあっさりと「やめれば?」と言ってきた。


「いや……それはまずいだろう。私はこれからお姫様として暮らすんだぞ、女子のたしなみは必要なんじゃ……」

「貴族社会で適当にやってくだけなら、最低限のマナーと教養があれば十分。それ以上の女子力なんて必要ないって。リリィの母親のハルバード侯爵夫人だって、ダンス以外は一切何もできないんだぞ?」

「嘘だろ?」


 偶然友達になったハルバード侯爵家令嬢リリアーナの母は、国王から最高のダンサーとして讃えられた白百合の君だ。結婚した今でも、ハーティア内でトップクラスの人気を誇る淑女中の淑女である。

 そんな彼女が……ダンス以外できない?

 確かに言われてみれば、それ以外の評判を聞いたことはなかったんだが。


「あんなに人気なんだから、他の淑女らしいことも得意なのだと思っていた……」

「お前は女子に夢を見すぎ」


 ヴァンは花を刺繍した布をぽいとテーブルの上に投げた。


「刺繍だなんだっていうのは、家の中のことができますよ、って婚活アピールだろ。もう俺と結婚するのが決まってるお前に必要ないんじゃね」

「……まあ、そう……なの、か?」


 だいたい、とヴァンは付け加える。


「お前、興味のないことをやらされるの、心底嫌いだろう」

「う」

「無駄に苦手なことを頑張るより、得意なことを伸ばしたほうがいいんじゃねえの?」

「私の得意?」

「剣術とか、馬術とか」

「どちらも好きだが、それは男の趣味だろう」


 淑女になる、という目的から逆行しているような気がする。


「そうでもないんじゃねえ? リリィのところのヤバめのメイドみたいに、女でも戦う力が必要な奴はいるし。女として、剣を極めるっていうのも、かっこよくていいと思うぜ」

「女として……強くなる……」


 女子教育に疲れた私の目に、ヴァンの提案はひどく魅力的に映った。

 男のふりをしていたころから、密かに思っていた。

 胸を押さえることなく、スカートのすそを気にすることなく、私自身の女の体のまま、剣を振るえたら、どんなに楽しいだろうかと。

 それを……本当にやってみる?


「いやいやいや! そんなことしたら、君が今まで築いてきたクリスティーヌ姫様のイメージはどうなる! 可憐な美少女だっただろ!」

「生き残るために作った偽の看板なんて気にすんな。クレイモアに嫁いで騎士の真似事をしてみたら思いのほかハマった、とか言っとけば周りもなんとなく納得すんだろ」

「するかなあ……」

「そもそもクリスティーヌ姫様はほとんど表舞台に出てこなかったんだ。この先はお前が好きにイメージを作っていけばいい」


 ヴァンは本当に今までの『姫様』に未練はないようで、屈託なく笑っている。

 じゃあ、私は本当に思うまま生きていんだろうか。

 好きな時に馬に乗り、好きな時に鍛錬をして……。


「部屋にこもるのをやめたんなら、昼食後に遠乗り行こうぜ。このへん、案内してくれよ」

「そ、そうだね……いや、やっぱりダメだ!!!」


 大声で否定した私を、ヴァンは面倒くさそうに見た。


「なんだよ、往生際悪いな」


 だが、面倒くさくてもなんでも、大事なことだ。


「鍛錬したら、どうしてもゴツくなるじゃないか」

「いやそれはいいって……」

「これは君のためでもある。だって、君は私の夫になるんだろう」

「……それが?」

「そ、それが……って! 夫になるってことは……わ、わわ……私と……その……子供ができるようなことを……するんだろう……そのうち!」


 なんでこんなことを必死に説明することになっているんだ、私は!

 でも、言い出したら止まれない。


「こんな……筋肉質で……その……女っぽくもない、鍛錬ばかりの私などでは……その……そういうことを……する気に……なれないんじゃ………ないのか?」

「お前そんなこと気にしてたの?」


 ヴァンが目を丸くする。

 気にするだろ!!

 今まで男として育ってきた女とも呼べない者と結婚させられるんだぞ、君は!

 少しはおいしく食べられるよう、お膳立てするのが礼儀というものじゃないのか。


「男のことも女のこともわかってねえんだな」


 むに、とヴァンが私の頬を掴んだ。

 自分と同じ色の紫の瞳が近づいてきたと思ったら、唇に暖かいものが触れて、離れていった。

 何をされたのか、理解したとたんかあっと顔が熱くなる。


「なななななな、い、今、き、きき、キス……!」

「そういう時の反応がかわいいなら、後は正直どうでもいい」


 言うだけ言って、ヴァンは部屋を出て行った。

 あとには茫然と椅子にへたりこむ私だけが残される。


「……いいのか」


 自分が気にしていたことを、ヴァンはとっくの昔に受け入れていて。

 その上で、かわいいと思ってくれたのなら。


「そうか」


 翌日、私は鍛錬を再開した。

 女として、自分自身として強くなるために。


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 クリス(元シルヴァン)のその後。

 クリスを守ると決めたヴァン君(元クリスティーヌ)がいい男に成長しています。


 ヴァン君は実はクレイモアにとってかなりの逸材だったりします。伝統的に脳筋ばっかりだったからね。頭が使えて、軍も動かせるヴァン君がんばれ。



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