規格外

 フランの投げたナイフを、少年は聖女を抱えたままひょいひょいとかわした。


「もー、危ないなあ。今の攻撃、この子ごと狙ってきたよね?」


 少年は口をとがらせる。

 彼が文句をいいながらナイフを避けているすきに、私を隅に降ろしたフランが飛び出した。手に持っている大振りのナイフで、ダリオを拘束している何かを切り払う。

 解放されたダリオは、その場にがくりと膝をついた。

 少年は首をかしげる。


「でも、いい腕だね。雑魚ばっかりだと思ってたのに、どこにこんな伏兵を置いてたの?」

「俺の兵じゃねえよ。つーか、お前アマギか?」

「いいから、とにかく立て」


 フランはナイフを構えたまま、ダリオを無理やり立たせた。


「俺が注意を引き付ける。……後退するぞ」

「はあ? ここまできて、さがれだ?」

「まともにやりあって勝てる相手じゃない」


 フランの評価は正しい。

 普通、どんな魔法を使っても、いきなり人間を消し炭に変えることはできない。

 生き物の帯びる魔力が、外からの魔力干渉に抵抗するからだ。生き物の抵抗力を上回る、けた違いの魔力で無理やり潰さない限り、そんなこと起きない。


 起きるわけがないことを、起こしてるってことは……男の子自身があり得ない存在なんだろう。

 こんな異常な相手に正面から立ち向かって、どうこうできるとは思えない。

 逃げるが勝ち、ってやつだ。


「んー、君たち逃げられる気でいる? 僕としては放っておくわけにいかないんだけど」

「貴様の都合は聞いてない」


 フランが再びナイフを投げる。

 その瞬間、私も魔法閃光手榴弾マジックスタングレネードを放り投げた。

 少年の注意は戦闘力の高いフランに向けられてるはず。別方向からの全然違う攻撃をくらって、行動不能になってしまえ!


「ははっ」


 しかし、魔法閃光手榴弾マジックスタングレネードは発動しなかった。ただの小瓶のように、ころんと床に転がる。


「……え?」


 もしかして、今の一瞬で魔法閃光手榴弾マジックスタングレネードを無力化した? 魔力だけの力技で?


「およそ戦えるとは思えない女の子が、爆弾を投げてくる……いい作戦だと思うけど、その程度じゃ僕をびっくりさせられないよ」


 少年はクスクス笑っている。

 やばい。

 正攻法も裏技も、少年の魔力の前では、何の意味もなかった。

 そこにあるのは、ただただ圧倒的な力量差だ。

 けた違いの魔力の前に、手も足も出そうにない。


「一瞬でも気を引ければよかったんだがな……」


 フランの背中が緊張している。

 彼も少年の化け物じみた強さを感じているんだろう。

 少年は全く隙がない。このままでは見逃してもらえないだろう。

 進むにしても、退くにしても、彼の意識をそらす必要がある。


 でも……そんなもの……いや。

 たった一枚だけ、彼の気を引くとっておきのカードがあった。

 あとでややこしいことになりそうだけど、考えてもしょうがない!

 私は即座に切り札をきった。


「セシリアから手を離しなさい、アギト国第六王子、ユラ・アギト」

「……は?」


 突然名前を言い当てられて、少年の顔から余裕が消えた。

 その瞬間、彼の背後に潜んでいた黒猫が、少女の姿になって襲い掛かった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る