カーテンの奥から

 フランに担がれて降り立った舞台前は、異様だった。

 その光景の中心にいるのは、ダリオだ。

 彼はカーテンに閉ざされたバルコニー席に向かって、剣を構えて立っている。その周りには、よくわからない黒いものがばらばらと散乱していた。

 なぜか椅子席を埋めていた観客や、ダリオ配下の兵士たちの姿がない。

 あんまり考えたくないけど、この散らばってる黒いモノって……多分アレ、だよね?

 一体何がどうなったの?

 ダリオ以外の全員が超巨大な魔力で吹っ飛ばされたとしか、思えない状況なんだけど。


「無粋だなあ」


 カーテン中の人物が、バルコニーからひょっこりと顔を出した。


 そこにいたのは、男の子だった。

 多分歳は私とそう変わらない。子供と言っていいくらいの年齢の少年だ。


 恐らく彼はハーティア国民じゃない。

 人種的な特徴が全然違う。

 白磁の肌のハーティア民とは全く違う象牙の肌、髪と目の色は闇より深い漆黒。

 ほっそりとした輪郭の上にあるのは、印象的な切れ長の瞳と、薄い唇だ。彫りの深いハーティア民と全く違う美しさを持つ彼を、現代日本風に表現するなら和風美人、だろうか。

 もちろん、この世界に日本は存在しないから、似たような国がこの世界のどこかにあるんだろう。ハーティアがヨーロッパっぽいのと一緒だ。


 彼は、たった今イカサマで競り落とした聖女、セシリアを大事そうにお姫様抱っこして立っている。


「やっと愛しの君に会えたっていうのに、邪魔しないでほしいな」

「貴様、俺の部下に何をした?」

「消したよ。だってうるさいんだもん」


 ダリオの問いに少年はさらっと残酷な事実を告げた。

 そこには何の気負いもない。ただ、道端の石について語るのと同じ、現状を口にしただけに過ぎない。


「君も一緒に消したつもりだったんだけど、腐っても貴族だね。守りの魔法の質が違う」

「そりゃどーも……」


 ダリオは少年を睨みつけた。

 主の危機を察知して、椅子席以外のバルコニーやロビーに詰めていた部下が動く。


「若様!」

「来るな!」


 しかし、椅子席に突入する前にダリオが声だけで止める。


「今来ても無駄だ……! 一定以上の守りのない奴は、殺される」

「ふふ、優しいね。とはいえ君の守りも十分とは言えないんだけど」


 少年がパチンと指を鳴らすと、何かがダリオの体に巻き付いた。目には見えない糸のような何かは、ぎりぎりとダリオの体を締め上げる。


「ぐ……あ……っ」

「一回だけ聞いてあげる。降参して僕のしもべにならない?」

「うるせぇ、クソ喰らえだ!」

「君のお父さんは、ちょっと力を見せたらすぐに従ってくれたのになあ」

「あいつと俺を一緒にするんじゃねえ!」


 ぎり、とダリオの体に巻き付いた何かが、ねじれた。

 じわじわと、しかし確実に、ダリオの体のあちこちが、曲がってはいけない方向に向かって曲げられていく。


「ぐ……この……化け物め……!」

「あははは! うん、その通りだよ!」


 少年は楽し気に笑っている。

 そして次の瞬間、唐突に顔をそむけた。


「おっと」


 そむけた顔のすぐそばを、黒い何かがかすめていく。

 フランが投げたナイフだった。

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