おとなしくしていろ

 突然音もなくバルコニー席に侵入してきた男たちによって、私とフランはあっという間に取り囲まれてしまった。多勢に無勢と判断したのか、フランは抵抗もせず、男たちに従っている。戦闘力の高いフランがそんな調子なので、私もおとなしく彼らに拘束されることにする。


「理由をお尋ねしてもいいかしら?」


 細いロープで手首を縛られながら言うと、ダリオが苦笑する。


「これから、大捕り物が始まるんでな。あんたたちには、おとなしくしてもらわなくちゃならねえ」

「あなた、父親を告発する気?」


 よかった。ダリオは味方だったらしい。

 父親も息子も同時にどうにかするのは無理ゲーだと思ってたから、正直助かる。


「なんで捕り物の一言でそこまでわかるんだよ。まあ、そういうことだけどよ」


 はあ、とため息をつくとダリオはライオンの仮面を脱いだ。燃えるような赤毛と、ちょい濃いめのハンサムな顔があらわになる。鋭いナイフみたいなフランとはまた別系統だけど、このクセの強い感じが好きな女性は多そうだ。


「頼むからこれ以上不確定要素を増やさないでくれよ。俺は父親に従うふりをして、組織を掌握するだけで手一杯なんだ」

「あら、そんなに迷惑をかけた?」


 ルールに乗っ取ってお行儀よくオークションに参加してただけだけどねえ?


「クリスティーヌ姫様に売られた参加証を持ってきておいて、それを言うか」

「あら、ちゃんと身元確認してたのね」


 指輪を見せただけで中に入れたから、てっきりザル警備だと思ってたんだけど。


「表向きは参加者の身元は尋ねないっつーことになってるけどな。ヤバいものを扱うっていうのに、確認しねーとか、ありえねーから」


 そりゃそうか。

 犯罪の現場に国王直属の監査人などが紛れていたら、大変なことになる。彼らの警戒はもっともな話なので、私は頷く。


「摘発騒ぎに、姫様を巻き込むわけにはいかないから、発見次第こっそりとお帰りいただく手筈になってたんだが……」

「かわりに怪しい男女二人連れが来ちゃった、ってわけね」


 やっと、あの強引すぎるナンパの理由がわかった。

 彼は、私たちを他の客から隔離して正体を探っていたのだ。


「姫様の部下、ってわけじゃないだろうが、それでもどこか高位貴族の関係者だろ、あんたら」

「どうだったかしらねえ」

「今は答えなくていいから、とにかくおとなしくしててくれ」


 ダリオは私とフランを拘束するロープに魔法をかけた。

 ロープが切れたり焼けたりするのを防ぐ、強化の魔法みたいだ。


「悪い奴じゃなさそうだし……捕り物が終わったあとで、身元を確認したら解放してやる。いいか、絶対に動くなよ?」


 そう言い残すと、ダリオと男たちはバルコニー席から出て行った。

 ドアの反対側、舞台の方からは歓声があがっている。今日最後の一番の目玉商品、獣人戦士のオークションが開始されたのだ。

 観客の目が舞台に集中している隙に取り囲んで、一網打尽にする作戦なんだろう。


「動くな、って言われたけど、そうもいかないのよね」


 部屋に残された私たちは、すぐに行動を開始する。


 ゲーム内のダリオは、父親を告発しようとして逆に殺されていた。つまり、彼は今夜この場所で、殺される運命なのだ。

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