チキンレース

 オークション会場の注目を集めた、『本物の貴族令嬢』の競売は、カーテンの人物と私たちの一騎打ちになっていた。

 オークショニアがどんどん値段を上げていくけれど、うちも相手も一歩も引かない。

 完全なチキンレースだ。


 勘弁してよおおおおおお!

 聖女が正体不明の黒幕のおもちゃになんかにされたら、その時点で世界救済計画が詰むんですけどー!!


 聖女の力の根源は、恋する乙女心だ。

 心が気高く、純粋な恋心を抱いていれば、処女性は特に関係ない。


 だけど、13歳の世間知らずな女の子が、たったひとりで売り飛ばされて貴族のおもちゃにされたとして。その数年後に純粋な恋心を持って世界を救うなんてことができるだろうか。

 無理!!

 絶対無理!!!


 少なくとも、私が聖女の立場だったら、立ち直れない自信がある!


 世界を救うためには、まずここで、何がなんでも彼女を救わなくちゃいけない。


「サヨコ様……?」


 オークショニアとやり取りを続けながら、フランが私を見てきた。

 これ以上はヤバい、ってことなんだと思う。でも、私は首を振った。


「ダメ、金額を提示し続けて。お金はあとでなんとかするから」

「しかし……」


 そう言っている間にも、聖女の値段は天文学的な数字にまでつりあがっていく。


「……」


 ふっ、とフランの手が下げられた。入札から降りる、というジェスチャーだ。


「ダメよ、そんなことをしたら……!」

「これが限界だ」

「でもっ!」


 フランが取引してくれないなら、私自身が!

 そう思ってバルコニーの手すりに身を乗り出そうとした瞬間、世界がぐるんと回った。


「ひゃあっ!」


 どすん、と体ごとバルコニー席の絨毯の上に引き倒される。どうやら、ダリオとフラン、ふたりがかりで部屋の奥へと引っ張り込まれたらしい。


「なんてことするのっ」

「落ち着け」

「あたっ!」


 フランに食って掛かろうとしたら、でこぴんをくらった。


「限度額を超えた。これ以上は無理だ。お前だってわかっていただろう」

「……でも」


 聖女は世界を救う要だ。

 彼女がいなくては、この世界は滅びてしまう。


「俺も、アレは無理だと思いますよ?」


 横からダリオが口出ししてきた。


「あいつの関わるオークションは、全てイカサマですから」

「どういうこと?」

「あのカーテンの奥にいる奴は、オーナーより上です。つまり、このオークション会場で一番偉い。あいつが『買う』と決めたら、他がどんな金額を出しても、その上の金額がつけられるんです」


 このイベントは所詮闇オークション。

 当然ズルもありだ。

 取引さえ成立していれば、裏で本当に提示した金額を支払う必要はないんだろう。


「じゃあ……もうあの子を救うことはできないの?」

「だから、落ち着けと言っている」


 フランは私の頭に手をのせた。大きな手がゆっくりと頭をなでてくれる。


「あいつは、少女を落札しただけだ。すぐに何かされるわけじゃない。……わかるな?」


 にゃあ、と黒猫のフィーアが私に向かって一声鳴いた。

 落札するのが無理なら、その先だ。黒幕に弄ばれる前にオークションそのものから救い出せばいい。


「クロ、お願い」


 そう言うと、フィーアはバルコニーから身を翻して出て行った。黒猫の姿を利用して、聖女の護衛についてくれるはずだ。


「これで、よし」

「納得してるところ、悪いんですがね」


 ほっとする私たちの間に、ダリオの声が割って入った。

 同時に、何人もの男がバルコニー席に入ってくる。


「ちょっと拘束させてもらいますよ」

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