死刑判決は無理
悪代官ギデオンは、金をちらつかせて、周囲の連中に私の殺害を指示してきた。
金になる話、と聞いた男たちの視線が、一斉に私に向けられる。
まさか、いきなりこんなところで殺人依頼して、受けるやつがいるわけがない……とは言い切れない。
もともとガラの悪い繁華街だ。
昼間から酒びたりになっているような連中は、金のためなら犯罪でも何でもやりかねない。
ギデオンの必死の形相を見て、クリスティーヌが顔をしかめる。
「横領してたんなら、犯罪者だろ? ……あんなヤバいオッサン、さくっと死刑にしとけよ。そっちのほうが後腐れねーから」
「13歳の子供が、死刑判決なんて下せるわけないでしょー?」
ハーティア国で、国土を守る領主に認められている大事な権利のひとつが、司法権だ。現代日本と違い、領地内の犯罪を裁いて罰を与えるのは国じゃなくて、領主なんだよね。領主代理である私も、月に数回のペースで司法官からの報告を確認したうえで判決を下している。
しかし、その中でもハルバード侯本人、つまり父様でなければ執行できない刑罰がある。それが死刑だ。
現代日本の倫理観を持つ私に人の命を奪うような判断ができない、っていうのもあるけど、13歳に生死を決められたんじゃ、犯罪者本人も納得できないからね。
だいたい、領主が司法権を持ってるっていっても、ほいほい厳罰を下すことなんてできないんだからね? 捕まったら死ぬ、って思ったらどの犯罪者も死に物狂いで抵抗してきて厄介だし、いざ殺そうものなら親族に恨まれたりして、めちゃくちゃ後腐れるから!
ギデオンを財産没収の上追放にしたのは、温情なんかじゃない。「横領したものを全部返して、領地から出ていくので命だけは助けてください!」と命乞いをさせることで、スムーズに刑を執行し、金を回収していただけだ。
だって、まさかこんなところで鉢合わせしたうえに、命を狙われるとか思わないじゃん。
私は深呼吸して息を整えた。
大丈夫、周りの男たちは、どうするのが一番得か、状況を観察してるだけだ。
まだ、すぐに襲いかかってはこない。
だったら、私にだって反撃のチャンスが残ってるはず。
「そんなはした金で、私の命を買おうだなんて、安く見られたものね」
私は、万が一のために隠し持っていた金貨を、ドレスのポケットから取り出した。
本物の金の輝きを見せびらかすように、軽く手の上に放り投げてキャッチする。
「誰でもいいわ。財布を振り回してるおじさんを捕まえた人に金貨をあげる。さあ急いで、早い者勝ちよ!」
宣言すると、私を見ていた男たちは、一斉にギデオンに向かっていった。
リスクの高い殺人より、人ひとりの捕縛。
中身の見えない財布より、目に見える金貨。
どちらのお願いがお得か、なんて酔っ払いでもわかる。
私はギデオンに群がる男たちの中に、撒き餌よろしく金貨を放り投げると、人混みから身を引いた。彼らが欲しいのは、女の子じゃなくて金貨だもんね。気を取られてくれてるうちに逃げよう。
「ご主人様、あと少しで警備兵の詰め所で……」
私たちを先導しようとしたフィーアが、突然横に吹っ飛んだ。
「フィーア!」
「待って、リリィ!」
思わずフィーアに駆け寄ろうとした私を、シルヴァンが引き留める。
つまづきそうになりながらも、なんとかふんばって顔をあげる。私たちの目の前には、裏切りの護衛騎士ラウルの姿があった。
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