誇り高きクレイモア

「よし……こっちに見張りはいないみたいだな」

「銀髪の少年を探している者もいないようです」


 クリスティーヌとフィーアは路地の間から、大通りの様子をうかがった。彼らの報告を聞きながら、私たちは今まで歩いてきた通りの奥を警戒する。


 お互いの秘密を暴露し、利害の一致した私たちは4人全員で安全な場所を求めて移動していた。現在の目的地は、元いた武器屋でも、クレイモア伯の宿泊先でも、ましてやハルバード家の別荘でもない。

 カトラスの治安を守る警備兵の詰め所だ。


 奥から人が出てこないか見張りながら、シルヴァンは不安そうな顔になる。


「他領の貴族が助けを求めて、対応してくれるんだろうか……」

「バーカ、他領の貴族だからだよ」

「観光はカトラスの重要な産業だもんね」

「遊びにきた金持ち貴族を保護しない、って噂が立ったら、あっという間に客が逃げるぜ」


 私たちが考えた作戦はこうだ。


 襲撃者たちは、職人街と宿泊先の間に包囲網をしいている。まともに帰ろうとしても、絶対に発見されてしまうだろう。だが、わざわざ危険な帰り道を子ども4人で歩く必要はない。街の治安を預かる警備兵に保護を求め、カトラス侯爵家から別荘へと警備つきで送ってもらえばいいのだ。

 襲ってきているのは、クレイモアゆかりの刺客だから、カトラス警備兵にまでは手が出せないはず。


「クリスティーヌが街の構造を把握してくれてて、助かったわ」

「俺は宿から抜け出したあと、単独行動するつもりだったからな。大まかな地理と、重要施設の位置は頭に入れてから来てんだよ」


 ひとりで闇オークションに乗り込む予定だったもんねえ。

 迷子になったらそこでおしまいだから、念入りに準備してきたんだろう。


「お前らこそ、平和ボケしてんじゃねえの? 案内がいるっていっても、通ってきた道くらいは覚えておけよ」

「……申し訳ない」


 ずうん、とシルヴァンが落ち込む。

 このメンバーの中で、本来一番リーダーシップを取らなければいけないのは、騎士見習いである彼女だ。

 周りに頼りっぱなしなことに、責任を感じているのだろう。


「クリスティーヌ、今は言わないでおいてあげて。他はともかく、今回は護衛騎士がわざとシルヴァンに情報を与えずにいたみたいだから」

「あー、裏切ったのが古株の護衛だったんだっけ? そんなのに誘導されてたら、判断も狂っちまうか」

「……うちの問題で、君たちを危険にさらしてしまい……申し訳ない」

「お前も大変だな……」


 クリスティーヌがあきれてため息をつく。でも、その表情は思ったより柔らかい。似たような秘密をもつ者同士、彼女に同情しているのかもしれない。


「俺はいつか家を出るつもりだけどさ、お前も逃げる気はねえの? 面倒だろ、いろいろと」

「……気を遣ってくれてるのは嬉しいけど、ボクはそのつもりはないよ」

「なんで?」

「ボクは、クレイモアが好きだからね」


 そう言って、シルヴァンは笑う。


「ボクは、クレイモア領の民と、国境を守る騎士たちが大好きだ。彼らが日々を生きて、国を守るためにどれだけ努力しているか知ってる。だから、彼らの忠誠心に値する主でいたい」


 その澄んだ瞳に、嘘偽りはなかった。

 彼女は多くのものを抱えて傷ついてもなお、家と民を愛しているのだ。


「……さっき、お前は俺を羨ましいって言ったけどさ。俺だってお前が羨ましいわ」

「何が?」

「めちゃくちゃ重い責任を全部背負ってもいい、って思えるくらいの家族や領民のいる人生は、恵まれてると思うぜ」


 クリスティーヌとシルヴァンが笑いあう。

 継承を放棄する者と、継承を維持しようとする者。

 家を見限った者と、家を守ろうとする者。

 ふたりの立場は、どこまでも対照的だ。


「安全確認できました。通りを渡って移動しましょう」

「よし、あと1ブロック移動すれば詰め所だ。急ごうぜ」


 私たちは路地から出て、足早に通りを横切っていった。


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