逃走劇

 女の子の獣人を撃退した直後、私たちは馬に乗って森を疾走していた。

 体が小さすぎる私の馬にはフランが、ジェイドの馬にはディッツが同乗している。二人乗りしている私たちの最後尾を、兄様の馬がついて走っていた。


 私たちの作戦は、手紙を受け取った父様が助けてくれるのが最善。だからといって、失敗した時のことを何も考えてなかったわけじゃない。万が一、フランが見つかった時のために持ち出す荷物の準備と、逃走ルートの確認はしておいたのだ。


 ピィッ、と兄様が口笛を吹いた。休憩の合図だ。

 私たちは馬の足を緩めて、その場に止まる。


「そこの小川で、馬に水を飲ませましょう」

「わかった」


 兄様の指示に従って、私たちは馬から降りることにする。フランは私を鞍から降ろしたあと、ふらつきながら地面に降り立った。そのまま、よろめきながら地面に座り込む。


「痛みますか?」


 ディッツがフランの右足に手を当てると、彼は無言のまま、ただ頷いた。その額には玉のような汗が浮かんでいる。

 骨がくっついたばっかりだっていうのに、リハビリもしてない状態で、馬に乗ってるんだもん、痛くないわけがない。


「お嬢、この間教えた痛み止めの魔法は使えるか?」

「だ、大丈夫。できるわ」


 私はフランの傍らに跪くと、教えてもらったばかりの魔法をかける。じわじわと魔力が足に浸透するにつれ、フランの息が少しずつ整っていく。


「獣人が獣の力を使うとは聞いていましたが、まさか獣そのものに変化するとは思いませんでしたね」


 ふう、と息をつきながら兄様が言う。それを聞いて、ディッツが大仰にうなずいた。


「あの黒猫は俺も裏庭で何度か見かけてましたけどね、完全に獣にしか見えませんでしたよ。俺の作る薬でも、ああも自然に変身するのは無理です」

「ボクたちが使う属性魔法に縛られない、っていうのは、こういうことだったんだね……」


 目を閉じて息を整えていたフランが顔をあげる。


「俺たちがハルバード領に来るまでの間、どれだけ追手を撒こうとしても失敗していた理由もわかったな。まさか、人間ではなく猫がついてきているなんて思わない」

「俺たち全員、完全に盲点を突かれていたわけですね」

「あの……だから……その、お嬢様……」

「リリィ、お前が責任を感じることはないんだぞ」


 フランの言葉に、私は首を振った。


「いいえ、これは私の責任よ」


 他の誰にとって盲点だったとしても、私だけは気づくべきだったのだ。


 ネコミミ。

 獣人。

 ユニークギフト。

 そして、見捨てられて死んでいた、ツヴァイの末の妹。


 パズルのピースは、すべて私の目の前に並べられていた。

 私は気づくことができる立場にいたのに見逃した。

 だから、これは私の失態なのだ。


「ごめんなさい……」


 私は唇をかみしめる。

 私はいつもこうだ。

 なんとかできる、って思いあがって行動して、結局は大事な人を窮地に陥れる。


「……俺、追手が来ていないか少し見回ってきます」

「若様、ボクも行きます」

「それじゃー俺は水でも汲んできますかね」


 兄様たちはそれぞれやるべきことをするために、その場を去っていった。あとには、歩けないフランと私だけが残される。


「……お前の責任と謝罪はわかった。それで、これからどうする気だ?」

「わかんない……」


 私はうなだれた。




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