それだけか
「お前の行動が変わったのは、それだけか?」
フランに問われて、一瞬頭の中が真っ白になった。
お茶会を境に変わってしまった私。その理由が、失敗の反省なんて単純なものじゃないのは、自分が一番よく知っている。
良くも悪くも、元のリリアーナが強烈なキャラだったから、反省の一言で周りがなんとなく納得してくれていただけで。
だからといって、おいそれと理由を語るわけにはいかない。
「そ、それだけよ」
私は視線をそらして後ずさる。
逃げたい。
でも、フランは私の逃げを許してくれなかった。
椅子から立ち上がって、私のそばまで歩み寄ってくる。
ちょ、おま。
いつの間に歩けるようになってんのー!
絶対、私が逃げると思って、わざと黙ってたでしょ!
「本当に?」
長身をかがめて、フランは私の顔を間近で覗き込んでくる。逃げたいのに、サファイアブルーの瞳がそれを許してくれない。
不自由な右足をかばうために壁に手をついているせいで、体勢はほとんど『壁ドン』だ。
人生初リアル壁ドンだけど、尋問されてるんじゃ全然嬉しくないよ!
「本当よ! 他にどんな理由があるっていうの」
「ああ。お前の抱えるものは、俺が考えるどんな理由でもないんだろう」
「だったら……」
「勘違いするな。俺はお前を追い詰めたいわけじゃない」
今まさに追い詰められてますが何か?!
「俺はお前を……」
「にゃあ」
ドアの外から、猫の鳴き声が聞こえてきた。
一瞬、フランの注意がドアに向けられる。
「猫?」
そういえば、人に見つからないよう部屋の中の音は外に漏れないようにしてあるけど、城の異変には気づけるよう、外からの音は聞こえるんだよね。
「あ、あれ、私の猫ちゃんだ!」
「おい?」
「野良猫なんだけどね、すごくなついてくれてるの。フランにも見せてあげる!」
「待て、リリィ!」
逃げ場所を探していた私は、とっさにフランから離れると、出口に向かった。ドアを開けると、金色の瞳の黒猫がちょこんと座っている。
私は子猫を抱き上げると、フランを振り返った。
「ほら、かわいいでしょ……」
ずるり。
手の中に抱いたはずの黒猫の輪郭が崩れた。
黒い影が床に溶け落ちたかと思うと、それは再び別の形を結び……黒髪の女の子になった。頭には猫のような三角の耳があり、お尻には長いしっぽがある。
「え……」
「シャァッ!」
女の子は、猫そっくりの威嚇の声をあげ、フランにとびかかっていった。
「くっ!」
とっさに体をかばったフランの腕から、赤いものがぱっと広がる。素手で引っかかれただけのはずなのに、袖は大きく裂け、そこから血があふれ出していた。
「獣人……?」
あの子猫が?
どうして?
「リリィ、逃げろ!」
手近にあった火かき棒で応戦しながら、フランが叫ぶ。でも私はそれどころじゃなかった。
目の前の光景が理解を越えていて、全く受け入れられなかったから。
どうして?
どうしてこんなことになってんの?
「このっ!」
「ぎゃんっ!!」
フランの一撃が、女の子をしたたかに打ち据えた。
不利を悟ったのか、女の子は身を翻してドアから出ていく。
「リリィ、怪我はないか?」
フランが私の顔を覗き込んでくる。
でも、私は返事ができなかった。
あの女の子は獣人だ。そして、獣人は暗殺者たちの仲間だ。
つまり、他ならない私自身が、暗殺者をここに引き込んでしまったんだ。
「どうしよう……」
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