侯爵家はつらいよ

 城に暗殺者が入り込んだ、とわかっても私たちの生活は大きく変わらなかった。下手に騒ぎ立てたところで、私たちが関わっていることを相手に知らせるだけだから。


「多少離れに入る手順がややこしくなっただけよねー」


 そうつぶやきながら、私は離れのドアをあけた。

 現在、ディッツの離れは気配消しの魔法に加え、魔力遮断、音声遮断、などの魔法がかかっている。その上、周囲には『離れの建物を気にかけない』という魔法までかけている状態だ。一般の使用人たちは、離れに人が棲んでいるということ自体忘れてしまっているはず。

 フランが見つかったらおしまいの私たちは、その魔法を崩さないよう、細心の注意をはらって離れに出入りする。

 本当は離れに行かないほうがいいのかもしれないけど、私達兄妹、特に私はずいぶん離れに入り浸ってたから、行かないと逆に目立ってしまう。

 人ひとり隠すって、本当にいろいろ面倒だ。


「ああ、リリィか」


 私が奥に入ると、テーブルで仕事をしていたフランが顔をあげた。最近のフランの定位置はだいたいここ。椅子に座れるようになったし、そろそろ、固まった右足の筋肉を伸ばすためにリハビリしたいところだ。でも、離れから出れられないせいで、ストレッチ程度しかできていないんだよね。


「ディッツは?」

「離れを隠す魔法のチェックがてら、外に薬草を取りに行った。ジェイドは、いつも通り訓練に参加している。昼時には戻るだろう」

「そっか。ここにランチを置いておくから、みんなで食べてね」


 私は厨房からもらってきた食事を、離れの台所に置く。男三人分なので、結構なボリュームだ。


「そうそう、朝食の時に兄様が言ってたんだけど、今日は離れに来られないって」

「何かあったのか?」

「使用人の調査。ほら、例の暗殺者たちを雇用したことが兄様には報告されてなかったでしょ? 知らない間に人が増えたり減ったりしてるのが気になる、って帳簿を調べてるわ」


 巨大な城を構える大侯爵は本来、末端の使用人まで把握する必要はない。覚えようにも人数が多すぎるからだ。大抵は優秀な執事や家宰を据えて管理させる。でも、今回のように執事が裏切り者の場合は別だ。自力で人の流れを把握しなければどうにもならない。


「クライヴのクビは決定してるけど、これから先が大変よね」

「ハルバード家は大所帯だからな。あまりにたくさんの使用人を解雇すれば、領地の業務そのものが立ちゆかない」

「かといって、クライヴの息のかかったスパイをひとりでも残していたら、またそこから人が入りこんじゃうし……難しいわね」


 しかも、優秀すぎるクライヴは経理担当者とか、騎士のまとめ役とか、専門的な技能の必要な管理職ばかり狙いうちしてスパイを入り込ませている。

 確かに、下っ端を何人も洗脳するより、よっぽど効率がいいけどね! まともな人間にすげ替えるこちらの苦悩も考えてくれませんかね。

 どこかに、優秀な執事と使用人と騎士が転がってないかしら。100人くらい。


「兄様ひとりで抱えてたら倒れちゃうから、私も手伝わないと」


 気合をいれたところで、フランと目があった。

 彼は何故か私をじいっと見つめている。


「……なに?」

「いや。お茶会の時とずいぶん印象が変わった、と思ってな」

「……っ、ま、まだあの時のことひきずる?」


 リリアーナ的には、最大の黒歴史なんだけど?!


「印象的な出来事だったからな」

「やめてー! 忘れて! あれからもう反省して、行いを改めたんだから!」

「……反省か」

「何よ?」

「お前の行動が変わったのは、それだけか?」



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