死ねばいい

「俺が産まれた時点で、後継ぎは姉と決まっていたからな」


 フランドールは静かにそう語った。ディッツは自分の失言に気が付いてすぐに頭をさげる。


「……申し訳ありません。無粋な発言でした」

「賢者殿は気にしないでくれ。うちは貴族の中でもやや特殊な関係だからな」


 フランドールと、その姉マリアンヌは腹違いの姉弟だ。

 ミセリコルデ宰相は、北部の有力貴族レトリア伯と協力関係を結ぶために、その娘と結婚。すぐに子供に恵まれ、マリアンヌを授かった。しかし、お産の事故により妻は他界。宰相は残されたマリアンヌを育てるために、若い乳母を雇い入れた。それが、フランドールの母親だ。

 男爵家に生まれながら、若くして夫と子供に先立たれたフランドールの母は、女ひとりで生計をたてるために宰相家に就職。その後どういうやりとりがあったかは不明だが、フランドールを授かり、ふたりは夫婦になった。

 お互い伴侶に先立たれた者同士、ある意味よい組み合わせだったのかもしれない。

 だけど、その縁組に異を唱えたのがマリアンヌの母の実家、レトリア家だ。政治的な思惑によって結ばれた彼らは、フランドールとその母がミセリコルデ家で力を持つことをよしとしなかった。

 彼らを納得させるため、宰相はフランドールが産まれる前にミセリコルデ家を継ぐのは姉マリアンヌである、と正式に誓約書を書くことになった。


 だから、ミセリコルデ家の最重要人物といえば、当主とその娘、マリアンヌなのである。


 後継ぎではない、と決められたフランドールは、あけすけな言い方をすれば残り物だ。それなりの教育を受けたあと、家を支える仕事につくか、どこか他の家に婿養子に入る予定だったのだが……ゲーム内の彼の人生には、大番狂わせが起きる。宰相暗殺事件だ。

 当主と後継ぎを殺され、何もかもが失われようとしたミセリコルデ家を支えるため、誓約書を無理やり破棄し、彼が宰相家を継いだのだ。

 フランドールが苦労していたのは、なにも若さだけではない。イレギュラーな継承のせいで、後ろ盾を得られなかったせいもある。


 私も、この辺りの事情を知っていたから、フランドールが将来宰相になるという未来を知りつつも、次期宰相とは呼ばずにあくまで『宰相の息子』と呼んでいたのである。


 しばらくのきまずい沈黙のあと、兄様が口を開いた。


「状況は把握しました。先輩はこれからどうするおつもりですか? 俺にできることであれば、何でも協力いたします」

「……では、殺してくれ」


 はあ?


「せ、先輩?」

「賢者殿の助力により命だけは助かったが、この足だ。暗殺者たちに見つかれば、簡単にとらえられてしまうだろう。単に殺されるだけならまだしも、人質として使われたら父と姉が危険だ」

「いやまあ……その可能性はありますけど……」

「それに、この提案はお前たちのためでもある」


 ……はあ?


「……どういう意味ですか? フランドール様」


 問いただす声が震えた。何を言ってるんだ、この人は。


「お前たちと一緒にいるところを、暗殺者に発見されてみろ。奴らは証拠隠滅のためにお前たちの命も奪うだろう。今お前たちの命を守る最善の行動は、できるだけ迅速に俺を城外に捨てることだ」


 フランドールは、一切の躊躇なくきっぱりと言い切った。


 こ……この人は……!!!

 私は怒りにまかせて、バチン! とフランドールの頬をひっぱたいた。


「簡単に命を諦めてるんじゃないわよっ!!!」

「簡単ではない、冷静に判断した結果だ」


 ビンタされたというのに、フランドールは静かな表情のまま私を見返してきた。

 彼の言い分はわからなくもない。

 初級魔法しか使えない女の子、戦闘力ゼロのポンコツ賢者、魔法が使えるだけの子供、騎士教育途中の領主候補、右足を粉砕骨折した騎士。こんなメンバーで手練れの暗殺者に立ち向かったところで、殺されるのがオチだろう。

 でも、それがどんなに現実的な判断だったとしても、納得できるかどうかは別問題だ!


「い……生きるって、大事なことなのに、そんなに簡単に……」

「ああ、命は大事だ。お前たちを守るために、俺は消えよう」

「だから、そんなのは……!」


 言い募ろうとして、フランドールと目があった。彼の綺麗な青い瞳は凪いでいて、強い感情は感じ取れない。彼は、完全に諦めてしまっているのだ。


「それじゃ……ダメなのに……っ!」


 不意に私の視界が歪んだ。

 ぼろぼろとこぼれる涙が、フランドールの胸元に落ちる。彼はそれを見て不思議そうに首をかしげた。


「泣かなくていい。俺はすぐにいなくなる」

「だからそれが駄目なの! あんた馬鹿でしょ! 死んだりしたら、殺すから!!!!!」


 私は捨て台詞を吐いて、ディッツの離れから飛び出した。



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