悪役令嬢の退屈な日常
「この薬をこう投げて……こう!」
私が薬の入った小瓶を投げると、それは白い煙をあげて爆発した。
「お嬢様、手順はすっかりマスターできたね!」
「テスト用の瓶には小麦粉しか入ってないが、本番用の瓶には刺激物が入っている。ちょっと吸っただけでもかなりダメージを喰らうはずだから、不審者には思い切りぶつけてやれ」
「はーい……」
王都に到着してから一週間後、屋敷の外に出られない私は、いつものようにディッツの授業を受けていた。教室は屋敷裏の元物置小屋。薬品を使うから、とハルバードのお城と同じように母屋とは別の建物に引きこもって授業をしている。
「はあ……今日も護身術の練習かあ」
王都に来てから、ディッツの授業内容はがらりと変わった。不審者から距離を取って逃げる練習、大声で叫んで人を呼ぶ練習、声が出せない状況で異常を知らせる練習……つまり、非力な淑女むけの護身術だ。
もちろん、基礎の反復練習は続けていたけど、それ以上の新しい魔法については手を付けられていない。
「そうむくれるなよ。今一番必要な知識だぜ?」
「わかってるわよ」
私は椅子に座ったまま、ぶらぶらと足を揺らした。お行儀が悪いけど、これくらいは許してもらいたい。なにしろ、ずーっと屋敷の外に不審者がうろついている状態なのだ、ストレスだってたまる。
兄とクライヴが協力して猛抗議したおかげで、不審な手紙や、屋敷に入り込もうとする人間は激減した。しかし、それは『激減』止まり。ゼロになったわけじゃない。
ネットどころか、新聞もろくにないこの世界。ブロマイドも何も販売されてない状況で、あこがれの人の姿を確認しようと思ったら、直接側に行って見るしかないのだ。
ほぼストーカーと言っても過言ではないファン心理に突き動かされた人々は、罰を受けるとわかっていても、屋敷にやってくる。
彼らの興味の矛先は、当然子供の私たちにも向けられていた。
この状況で自衛を考えないほど、私もバカじゃない。
「王都の治安にだって影響が出てるはずなのに、騎士団はあんまり取り締まってくれないし」
「そいつはしょうがない。王妃様は白百合が嫌いだからな」
「は……」
なんだその話。
聞いてない! 聞いてないぞ?
確かに相性良くなさそうだけどさ!
「どういうこと?」
「え? あー……そうか、下の世代はもうあの話は知らねえのか……まずいことを言っちまったな」
ディッツは気まずそうに無精ひげの生えた顎をかく。そういえば、ディッツと両親は同世代。人気絶頂だったころのふたりを、直に見ていてもおかしくないんだよね。
「お嬢、聞かなかったことには……」
「できるわけないでしょ。言ったからには説明しなさい」
「俺から聞いたって、執事殿には言うなよ?」
「まあ、言わなくても私の情報源なんてたかが知れてるから、ばれると思うけどね。で、王妃様と母様の間に何があったの」
「直接的には何も。ほとんど話す機会もなかったと思うぜ。ただ……王妃様が嫁いできた結婚祝賀パーティーで奥様がダンスを披露して、主役の王妃様より目立ったくらいで」
「大事件じゃない」
身内のひいき目もあると思うけど、母様は美人だ。ぶっちゃけ王妃様より美人だ。
そんな人を何故祝賀会で躍らせた!
主役を食っちゃうに決まってるじゃん。
「で、怒った王妃様は、当時まだ独身だった奥様に白百合の称号を与えるよう、陛下に進言した」
「……なんで腹がたったからって、二つ名を与えるのよ。それじゃご褒美じゃない」
「いや~、あれほど的確な嫌がらせはないと思うぜ」
不思議そうな顔の私を見て、ディッツはにやにやと笑っている。
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