悪役令嬢はお茶会デビューしたい

社交シーズンが始まるよ!

「ううううう、結局新魔法開発できなかった……」


 5か月後、王都に向かう馬車の中で私はうなっていた。新魔法を開発して、人を中二病患者扱いしたディッツを見返す、という目標が達成できなかったからだ。


 それどころか。


「半年近く頑張って、マスターした魔法が初期魔法止まりってどうなのよ……」


 今私ができるのはせいぜいライターひとつ程度の火を起こしたり、そよ風を起こしたり、コップ一杯の水を作り出したりする程度だ。ゲームで見たような派手な魔法バトルは夢のまた夢だ。


「あのなあ、お嬢の歳で属性初級魔法を全部使いこなすってのは、結構すごいことなんだぞ?」

「王立学園に入学してすぐに使えるようになる子もいるでしょ」


 ゲームでは、魔法の授業を受けていたら簡単にポコポコレベルが上がっていた。あんな感じに上達すると思っていたのに、実際は苦難の連続だった。魔力とかいう力の流れはフワッとしていて感じにくいわ、扱いにくいわ、しかも使いすぎると倒れるわで、練習しにくいったらありゃしない。初級魔法をマスターするまで、何度術を暴発させたか、数えきれないくらいだ。


「アホ。そういうのは、ほんの一握り……ジェイドと同レベルの規格外な奴か、聖女くらいのもんだ。大概は1年の基礎教養で魔法の適性ナシと判断されるし、そこから先に進んだとしても卒業までに中級魔法を覚えるのがせいぜいだ」

「えー、マジで?」


 魔法を覚えるのってそんなに難しいものだったの?

 だったら、あのゲームの難易度設定は何だったんだ。シナリオに加えてそんなところもバグってたんだろうか。


「……ん? 今聖女って言った? ということは、聖女ってすごく魔法が得意なの?」

「建国神話では、全ての属性の魔法をまるで息をするかのように容易く扱った、と記録されてるな。実際、聖女の直系の子孫である王族の女子は魔法の適性が高い傾向がある」


 ……なるほど、あれはバグじゃなくて聖女設定だからか。

 脇役設定の悪役令嬢の立場では、主人公補正はつけてもらえないらしい。


「ああ、あのね。お嬢様はすごく頑張ってる、から! 無理しなくて、いいよ!」


 私がため息をついたのを見て、ジェイドが一生懸命励ましてくれた。

 うーん、かわいい。

 彼はここ数か月の従者教育のおかげで、見た目も立ち振る舞いも綺麗になった。

 言葉遣いはまだちょっとたどたどしいけど、それはそれでかわいいから問題ない。

 天使から大天使に進化したそのかわいさに、より一層癒される。


「えっと……だから、ボクはお嬢様より年上……」

「あー励まされると元気が出るわー」

「はあ……お嬢様が元気なら、それでいいか……」

「まあ実際、そんなに焦らなくても、コツコツ練習すれば大丈夫だ。そのために、俺たちも王都までついてきたんだからな」

「だといいんだけど」


 私は馬車の窓を見た。そこから見えるのは、緑豊かなハルバードの風景ではない。

 石造りの建物がひしめく王都だ。


 冬至が過ぎ、花がほころぶ季節になると、ハーティアは社交シーズンを迎える。領地で冬ごもりをしていた地方貴族が王都に集い、他の貴族に営業……もとい、親交を深めるのだ。広大な穀倉地帯を抱える我がハルバード家は、領民の種まきを見届けてからなので、他よりちょっと遅めの参加だ。

 王都に滞在する数か月の間、魔法の勉強をお休みするのはもったいない、とディッツも一緒についてきてくれている。私の専属従者として先に同行が決まっていたジェイドが心配、っていうのもあるけど。


「はあ……社交か……」


 母様は、『今年こそリリィのお茶会デビューを!』と張り切っているが、私の気分は重い。なぜなら、現在のハーティア社交界は混迷を極めているからだ。最高権力者の妻である王妃自ら、人間関係をひっかきまわしている状況で、まともな交友関係を結ぶのは難しい。

 かといって、名門ハルバード侯爵家の令嬢が、いつまでも領地に引きこもっているわけにもいかない。


 面倒くさいなあ、と思っていると、馬車のドアがノックされた。


「ど、どうしました?」


 従者であるジェイドが私に代わって返事をする。馬車の窓を見ると、そこにクライヴが顔を見せた。

 彼は執事として父様と母様と同じ馬車に乗っていたはずだ。どうしたのだろうか。


「少々厄介なことになりました。これから王都のタウンハウスに向かいますが、その間はカーテンを閉めておいてください」

「え? 何か事件?」

「まだ事件にはなっていません。ですが、騒動を起こさないよう、馬車の中でおとなしくしていただきたいのです」

「……わかった。こっちの馬車の警備は俺とジェイドにまかせろ」


 何かを察したらしい、ディッツが答える。

 クライヴはうなずくと、窓から姿を消した。恐らく父様と母様の乗る馬車へと向かったのだろう。


「予想通り、か」

「何を予想してるのよ、ディッツ! 何が起きてるの?」

「じきにわかる」


 大通りに差し掛かったところで、『少々厄介なこと』の正体が私たちを出迎えた。

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