19 花園

「そんで、その下の部屋が王の花園か? さすがにきれいなお姉ちゃんで華やかだよなあ」


 王一家が滞在する下の階にやや小さい、おそらく2番目か3番目に豪華な部屋にこれもまた豪華な女性と子どもたちがやはり豪華な衣装を身に着け、王妃と同じように扇で口元を隠して笑い合っている。

 横に長いソファにゆったりと3人の女性が並んで座り、その横の小さめのソファに男の子、女の子が数名。おそらく側室とその子どもたちだろう。乳母らしき女性も子どもたちと並んで座り、奥には赤ん坊をあやして部屋を行き来してるような人影も見える。

 中央のソファの後ろにも椅子に座った人影も見えるが、正確に何名の女性がいるのかまでは分からない。前面に座る3人の、おそらく今花園の中央で最も華やかに咲き誇っているだろう美姫が、ふぁさふぁさと動かす扇から流れる風に乗り、上質の香水や化粧品の良い香りがこちらまで流れてくるようだ。


「前の3人はさすがにべっぴんだよなあ。そんで、その奥はどうなんだ? 何人ぐらいいるんだ? ちょっと下なので奥まで見えねえな、下行ってこっそり覗いてこられねえかな」


 鼻をひくひく動かして、うきうきしながらトーヤがそう言うと、ミーヤが「こほん」と咳払いを一つした。


「そのように興味本位で覗くような場所ではありませんし、そもそも今日はあちらの棟には行っていただくことはできませんからね?」

「はい!」


 上官の命令に従うように背筋をピンッと伸ばしていいお返事をする。


「まあトーヤの気持ちも分からないではないよ、ほら、並んでる人や客殿前の庭の方たちも気にしてチラチラ見てる」

「な? ほら、そういうやましい気持ちじゃねえんだよ、気になるだろ? な?」


 必死にそう弁解するがミーヤの瞳は厳しい


「しかし、あんだけの美女、どこから集めてくるんだろうな」

「ああ、それは色々と」


 話を変えるように言うと情報通のリルが知る限りのことを教えてくれた。

 美貌自慢の貴族令嬢から、元々はどこから流れてきたのか分からないところから成り上がった高級娼婦、リュセルス小町と呼ばれた商家の娘、そして驚いたことには宮の侍女までいた。


「え、宮の侍女にまで手出すのかよ?」

「と言っても、大体は行儀見習いのですけどね」


 そう言って少し奥、やっと顔が見えるか見えないかの椅子に座っているリルと同じような薄い緑のドレスの女性を指し示す。


「あの方は元々行儀見習いで入られた侍女の方で、地方の貴族のご令嬢なのですって。そもそも中にはそれを狙って娘を宮に入れる親もあるんですよ」

「え、そうなのか!」

「ええ、貴族と言っても名ばかりの豊かではない家が必死でコネを伝って宮に入れるんですよ。そうすれば王族や上級貴族と顔を会わす機会も増えるでしょ?」

「そうなのかよ」

「そりゃあ、そういう方たちはシャンタルの託宣を求めて宮に来られることが多いですもの」


 そう言われてトーヤはシャンタルの「守り刀」を思い浮かべた。確かにあのように高価な品を献上するために手に入れるにはそれなりの格式や財力が必要だと思い当たる。


 ミーヤはキリエの話を思い出していた。キリエを宮に捨てた(そう捨てたのだ)親族がしばしば託宣を求めて宮の客人になっていたという話を。そういう方々を謁見の間に案内するのも侍女の仕事である。


「そうしてうまく王族、そこまでいかなくても有力貴族のお目に留まって側室や愛人にでもなれたら家が助かりますからね。それにたとえそうならなくても、宮でお勤めしたという事実だけで嫁ぎ先への持参金代わりになりますし」

「あの」


 トーヤは少し言いにくそうに切り出した。


「あのな、あんたらもそういう可能性あるのか?」

「そりゃまあ、ないことはないわ」


 トーヤが複雑な顔をする。


「特に私は行儀見習いの侍女ですから。応募の侍女のほうはあまりそういうことはないですけどね」

「そうなのか?」


 心持ちトーヤの顔が明るくなった。


「ええ、だって、応募の侍女は元々一生を宮に捧げるつもりで入ってきてるので、嫌だったらとっとと誓いを立ててしまえば手出しできなくなりますからね。そうやって面子をつぶされるのは嫌なので、よっぽどでないと声をかけてこないってことですよ」

「そうなのか……」


 「誓いを立てる」と聞いてまたトーヤの顔が少し沈む。


「でもまあ、今の宮にはマユリアがいらっしゃいますからね。王も皇太子様も他の方たちも周囲の侍女になんて目がいかないわよ」


 リルがそう言ってクスッと笑う。


「そりゃそうか」


 トーヤもそれを聞いて笑う。


「王様親子が取り合いするぐらいの豪華な花だもんな、周囲の可愛らしい花なんぞ霞むよな」

「でしょ?」


 だがその豪華な大輪の花を手折る夢は叶わない。誰にも想像できない事態に花は元の通りのはるか高みに咲き続けるしかなくなるのだから。


「しかし王様も気の毒になあ」


 トーヤはそう言ってクツクツと笑った。


「今頃、期待にあっちこっち膨らませてワクワクしてるだろうに、あーあ、気の毒だ」

「もう!」

 

 そう言って少しリルが顔を赤らめ、ダルはやれやれと呆れた顔になり、ミーヤが意味がよく分からず首を傾げた。

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