10 務め
「バルコニーには5回お立ちになります。そのたびに前の人から順番にあちらから」と客殿とは反対の方向を指差し「宮の外に出すのだそうです。前の人が出たら棒を外して次の列の人を前に流し、3列目の人が2列目とずれていき、一番後ろが空いたら待っている次の人を入れていきます」
「はあ~そりゃ大変だ。一度に何人ぐらい入れるんだ?」
「1区画に50人としたら横に4つで200人、それが10列ですから2000人ぐらいですね」
「ふえ~」
「それと客殿の前庭には貴族や有力な方々、客室には王族ご一家も」
「一般客だけで一万人か、屋台とか出したら儲かりそうだけどなあ」
「何を言ってるんですか、聖なる儀式ですよ」
そう言いながらミーヤが笑い。
「まあ宮の中には出ませんが、リュセルスには色々な露店が出たりはするらしいです」
「やっぱりな」
交代の儀はお出ましの前に神殿で行われる。つまり当代と次代様の両方に神がおわす状態でお出ましになるのだ。
「マユリアが次代様をお抱きになり、シャンタルにはシャンタル付きの侍女、ラーラ様がお付きになります」
つまり見物客は知らないが実質4代揃ったシャンタルのお出ましだ。
「朝一番に交代の儀があり、午前2回、お昼をはさんで午後3回のお出ましです」
「次代様ってのはまだ赤ん坊だろうに、大丈夫なのか?」
「今までに問題があったという記録はないようですが」
「さすが神様だな、超ちびでも堂々としたものってか」
「言い方はあれですが感心してらっしゃるのは分かりますからいいです」
ミーヤが少しだけ眉をひそめて言うのにトーヤがまた笑う。
そうして明日の式次第などを聞いていると扉が3回叩かれ、返事をすると思いもかけない人が入ってきた。
「マユリア!」
急いでミーヤが跪いて頭を下げるが、
「しっ、内緒ですからね、ここにはマユリアはいません」
そういたずらっぽく言って頭を上げさせる。
「なんだ、あんた今日は忙しいんじゃねえのかよ」
「いいえ、全然。もう後は人に戻るだけの者にやることはありませんから」
そう言って艶やかに笑う。
「後宮行きの準備があるだろ?」
トーヤがからかうようにそう言うと、
「それは後宮の方にお任せしておりますから」
そう言ってクスクスと笑う。
「なあ、いい機会だから聞いていいか?」
「何をでしょう?」
「あんた、本当はどうするつもりだったんだ?」
「本当とは?」
「シャンタルが助かろうと沈もうとその後のことだよ」
マユリアはふっと弱く笑うと、
「どうということはありません、そのまま今のまま宮に残るしかありませんし」
「うん、だからな、その後だよ、次の交代の後だ」
言われてマユリアが少し表情を固くする。
「その前に体、大丈夫なのか? 聞いた話じゃ神様が入って二十年が限界らしいじゃねえか」
「そのように言われておりますね」
「これから十年、いけるのか?」
「いけるかどうかではなくいかなくてはいけませんでしょう?」
そう言ってクスクス笑う。
「本当に根性決まってんだな、あんた……」
何を言っても変わらぬマユリアにさすがのトーヤも困ったようにふうっとため息をつく。
「そんじゃ聞き方変えるぞ、次の交代、大体十年後か、その後はどうするつもりだった?」
マユリアは少し考えていたが、
「シャンタルにもしものことがあった時には、わたくしの中のマユリアを次代様にお受け取りいただいた後、わたくしも聖なる湖に沈むつもりでおりました」
そうこともなげに言う。
「おい……」
「何度もラーラ様とお話しして2人でそうしようと……」
トーヤもミーヤも言葉なく美しい方を見る。
「シャンタルの務めとは何であるか分かりますか?」
「え、そりゃ託宣じゃねえのか?」
「その通りです。ではマユリアの務めとは?」
「そりゃあ……シャンタルの補佐か? 何しろ侍女らしいからな、あんたも」
「ええ、さようですね」
にこやかに答える。
「ですが、マユリアだけではなくシャンタルにももう一つ大事な務めがございます、考えようによっては託宣よりもっと大事な役目です」
「託宣より大事?」
トーヤが頭を捻る。
ミーヤも考えるが浮かばない。
「答えを言ってもいいかしら?」
いたずらっぽくそう言って笑う。
「分かんねえな……そもそも神様に務めってあるのかよ」
「いてくださるだけでいいと思っていたものですから……」
「ミーヤの答えは近いですね」
そう言ってまたクスクス笑い、
「そうです、存在すること、そしてその存在を次の方に継承することです」
「あ、そうか」
トーヤも納得する。
「いくらいい仕事してもそこでぶっちぎれて次に渡せなかったら終わりだもんな」
「またそんな雑な言い方を」
マユリアがいつものようにやり取りする2人を見てまた一層楽しそうに笑う。
「ええ、そうです、ぶっちぎれたら終わり、です」
そうころころと笑ってから、
「ですから、シャンタルの御身に何があったとしても、次の方にお渡しするまでは存在しなくてはいけないのです。それが一番の務めなのです」
「なるほどな、あんたの覚悟のほどがよく分かったよ……」
トーヤの言葉を聞きながらミーヤには何も言うことができなかった。
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