3 新しい役職
残る日の大部分はそうして穏やかに笑いながら過ごすことができた。
どことはなく嵐の前の静けさに似たような、いつまでも続くとは思えぬような危うさを持つものではあったが、それでも平穏は平穏であった。
交代の2日前の夜、いよいよ明日は交代前日で色々と忙しくなるという前夜、トーヤたち4人はシャンタルの私室へと呼ばれた。
「よく来てくれましたね、明日は忙しくなるのでその前にとシャンタルのご要望です」
マユリアがにこやかにそう言う。
応接の例のソファにシャンタルが座り、その向かって右にはラーラ様がいつものようにシャンタルの左手をごく自然に右手で握り、マユリアはそのさらに隣に立っていた。
「座ってください」
そう言うとマユリアも後ろから回ってシャンタルの向かって左に優雅に腰掛ける。
当代、先代、そして先々代と3人のシャンタルが並んで座っている。
それは奇跡のような光景であった。
はあっとリルがうっとりとため息をつく。
「リル、どうしました?」
マユリアが尋ねると、
「いえ、まさに奇跡の瞬間に立ち会えているのだなと思って……私のような行儀見習いの未熟な侍女が、こんなすばらしい瞬間にこの場にいられること、今でも信じられません……これ、夢ではないのかしら……」
もう一度ため息をつきながらそう言うと3人のシャンタルが一緒に笑った。
「これもみな、あなたたちのおかげです、お礼を申します」
ラーラ様がそう言って頭を下げた。下げながらもシャンタルの手を離すことはない。
「もったいない!」
「リルの申す通りです、頭をお上げください!」
「はい、頼みます!」
3人がそう言いながら慌てるが、いつものようにトーヤだけは当然のような顔をして、
「いやあ、色々がんばったもんなあ、ほんと大変だったよな、俺たちもあんたらも」
そう偉そうに言ってまた3人に睨まれる。
「なんでしょうね、もうそういう様式になっているのですか?」
クスクス笑いながらマユリアが言う。
「何がだよ」
「いえ、トーヤが何か言うと3人が睨むもので、それが楽しくて」
そう言ってさらにマユリアが笑うとシャンタルとラーラ様も一緒になって笑った。
「トーヤはね、ミーヤに怒られるのが好きなの」
「おい!」
「怒るというのは怒る人のことを思うから怒る、ミーヤは誰かのことを思うから怒るんだって」
「お、おい」
「ミーヤはすぐに怒るそうなんだけど、すぐに怒るのはそれだけ誰かのことを思っているのよね」
そう言われてミーヤが困ったように下を向き、そして少しばかり赤くなっているようだ。
「そう、そうなんです、ミーヤはいつも人のことばかり考えているんです。私にはそれが足りませんでした。それをシャンタルに教えていただいたんです。本当に感謝しかございません。もしも、あの時にシャンタルにそう言って怒っていただかなかったら、今頃……」
「え、シャンタルが怒ったの?」
シャンタルが驚いて目を丸くする。
「今おっしゃったことが怒るということならば、私への託宣はシャンタルに怒っていただいたということになる、ということです」
「そう、そうだったの、シャンタルが怒ったの」
目をパチクリして言うのに家族2人も呼ばれた4人も声をあげて笑う。
「本当にリルは思いを言葉にするのが巧みですね」
「あ、ありがとうございます」
マユリアの声にリルが座ったままだができるだけのように頭を下げる。
「その才能を活かしてもらうためにリルには
「え!」
驚いて跳ね上げるように顔を上げ、グギッと音がして、
「い、いた!」
「リル、大丈夫!」
ミーヤに心配される。
「大丈夫ですか? 落ち着きなさい」
マユリアがそう言って朗らかに笑う。
「は、はい、大丈夫です……」
リルが首をさすりながら答える。
「それとミーヤにも同じく月虹兵付きを命じます」
「え、私もですか?」
「そうです。2人がこれから増えるであろう月虹兵付きの最初の2人です。こちらも必要があればまた増やしますが最初は2人でお願いいたします」
「は、はい!」
「はい……」
リルとミーヤが椅子から降りて跪いて頭を下げた。
「この度の交代の時にいくつかそうした発表があります。その場で新しくできた月虹兵のこと、その役職付きの侍女のことなどを正式に発表いたしますが、まずは
そう言っていたずらっぽくマユリアが笑った。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
そう言ってさらに深く頭を下げる2人に、
「ですから、内々のことですからもう頭をお上げなさい」
そう言って元のように座るように
「そしてその役付きに
「マユリア……」
「…………」
リルはマユリアの名前を呼び、ミーヤは言葉なく美しい主の顔を見つめる。
「これからもって、あんたは後宮行きが決まってるんじゃねえのかよ」
トーヤが驚いて言うと、
「次のマユリアがおらぬことにはわたくしが知らぬ顔で新しい役職に就くこともできませんでしょう?」
マユリアはそう言ってまた満開の花のように笑った。
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