12 亡失

「ありがとうございます、キリエもミーヤもシャンタルを本当に好きでございますよ」

「うん」


 苦しさを押さえるようにキリエが言うとまたにっこりと笑う。


「ねえ、どうしてあんなにいっぱいお話してたの?」


 いきなりの質問であった。

 そう言えば当時マユリアから聞いたことがある。


「どうしてあの者たちが毎日毎日自分に話しかけてくるのか」


 シャンタルがそう不思議がっていたと聞いた。

 

 当時のシャンタルを思うに、本当にそういう感想を抱いたのかどうかも分からない。ただ、いつもの託宣を求める人たちとは何か違うように感じてはいたのだろう。


「シャンタルに、みんなと仲良くしていただきたかったのです」

「そうなの?」


 きょとんとした顔で言う。


「みんなはどうしているの? どうして今はお話しないの? 仲良くしないの?」

「それは……」


 キリエが困っていると横からミーヤが答える。


「みんなは今は忙しくしているのですよ。またシャンタルとお話できる時間が持てましたらお話してさしあげてくださいね」

「うん」

「それでシャンタル」

「なあに?」

「お話したのはリルとダルと、それからルギ、キリエ様とミーヤ、他にも誰かいませんでしたか?」

「他に?」


 うーんと考えるが、


「リル、ダル、ルギ、キリエ、ミーヤとお話してたの」


 あっさりとそう言う。


「他には誰かいませんでしたか?」

「いなかったと思うけど……」


 どうしたことかトーヤのことはすっかり抜け落ちているらしい。


「もう1人いたのですよ」


 キリエも言う。


「もう1人?」


 不思議そうに首を傾げる。


「いたかなあ……」


 両手で両頬を押さえて考える。


「いたのですよ、覚えていらっしゃいませんか?」

「うーん……」


 一生懸命に考えて、


「いなかった」


 と、首を横に振る。


 キリエとミーヤは顔を見合わせるがそれ以上は出てこない様子であった。


 その後、昼食後にシャンタルがお昼寝の間に2人で話し合う。


「どういうことでしょう、トーヤのことは全く出てこないご様子……」

「はい」


 これまでのことから推測してみるに、シャンタルは見ていた全てのことを「記録」しているのではと思われる。その中から必要なことを引き出しては思い出しているようだ。


「ということは、トーヤのこともきっと知ってはいらっしゃるのだと思います」

「はい、私もそう思います」

「ですが、知らないとおっしゃるということは、トーヤのことを思い出そうとはなさっていないということでしょうか」

「そうかも知れません……」


 ミーヤはトーヤがシャンタルに言い放ったあの最後の言葉、


『分かったな、お前が息絶えるまで、だ。よく覚えておけクソガキ……』


 あれが理由ではないかと思った。


「あの言葉をシャンタルは受け止められなかったのではないでしょうか」


 そうキリエに言うと、


「そうかも知れません。ですがおまえには言っていなかったことがあります……」

「え?」


 そうして初めてキリエはミーヤにどうやらまたトーヤとシャンタルの間に「共鳴きょうめい」があったらしいことを告げた。


「そんなことが……」

「そうなのです」

「それで、トーヤがシャンタルをはねつけた為にトーヤのことを忘れていらっしゃるのでしょうか」

「分かりません」


 キリエが力弱く首を振る。


「ですが、トーヤのことだけをお忘れ、いえ思い出そうとなさらないということに関係がないとは思えません」

「はい」

「どのようにしてシャンタルの中からトーヤの記憶を引き出すのか……」

「はい……」


 単に忘れているのとは違う、おそらく「えて思い出さない」ようにしているのだと思われた。


「それを引き出せるのでしょうか……いえ、引き出した方が良いのでしょうか?」


 シャンタルがどうしても思い出すまいとしているとしたら、それはトーヤとの間にあったことを思い出すのが不快であるからだろう。共鳴か、会話か、それともはねつけたせいか、どれが原因かは分からないが。


「それでもトーヤを認識して助けを求めてもらわねばなりません……」


 迷っている時間はない。


 シャンタルがお昼寝からお目覚めになるまでの短い時間に急いで話を決める。

 キリエにはこの後も色々とやることが山積みである。夜まではミーヤ一人に任せないといけない。


 そうして一つのことを決めた。


「え、私が奥に、シャンタルの私室にですか!?」


 リルが息が止まるほど驚く。


「そうです」

「で、ですが、私は行儀見習いの侍女ですが……」

「分かっています。ですが、今はおまえに行ってもらわねば、いいえ行ってもらいたいのです」


 キリエにそう言われ、両手両足が一緒に固まったまま出るような形でシャンタルの私室へと連れて行かれた。


「し、つれい、いたします……」


 応接に入り、ソファに座ったシャンタルの前で硬直するようしてようやっとひざまいて頭を下げる。


「お尻のアザはもう消えたの?」


 リルを見るなりシャンタルが心配そうにそう声をかけた。


「え、え? え?」


 意味不明、頭の中が真っ白でリルは言葉が出ない。


「以前、リルがお話ししたお父様の話、あのことをおっしゃっているのかと」

 

 シャンタルの後ろに立つミーヤが笑いを噛み殺すようにしてそう言う。

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