10 中の方
翌朝、いつもように一日が始まり、いつものように朝食を終え、食後のお茶を飲んでいた時、ふと思い出したというようにミーヤがシャンタルに尋ねるところからそれは始まった。
「そういえばシャンタル、リルという侍女をご存知でしょうか?」
「リル?」
シャンタルは何事かとミーヤの顔を見る。
「はい。私の同期の侍女で、まだ奥宮に入ることは許されておりませんが、シャンタルにもお目にかかったことがあるのです。覚えていらっしゃいませんか?」
「リル……」
シャンタルが首をゆっくりと左右に振り、記憶を
「リル……」
「ご存知ではいらっしゃいませんか?」
「リル……」
あ、という顔をし、
「泣いてた侍女?」
そう聞いてきた。
「はい、そうです。シャンタルの
「思い出したの」
そう言ってうれしそうに笑う。
「リルが困っていたからシャンタルの中の方がお声をかけたのを思い出したの」
「中の方?」
「そう、託宣をする方」
そう聞いてキリエとミーヤが顔を見合わせる。
シャンタルの中にいて託宣をなさる方、それは……
「それは、シャンタル、ですか?」
「そう」
恐る恐る聞くのにあっさりと答える。
そもそも「生き神シャンタル」とは慈悲の女神シャンタルがこの世で過ごすために
「生き神シャンタル」の中に「慈悲の女神シャンタル」の存在がある、それは言われてみれば当然のことなのではあるが、これまでにこのようにはっきりと名言された方がいらっしゃったとは聞いたことがない。
「本当にいらっしゃるのですね……」
思わずそうつぶやいたキリエに、
「うん」
と、またあっさりと答える。
「その中の方は」キリエがかすれた声で続ける「シャンタルに何かおっしゃることはございませんか?」
「ないの」
またあっさりと答える。
「シャンタルとお話になることは?」
「ないの」
今度はミーヤが聞くことに答える。
「その方はシャンタルには何もお話にはならないの。前に来る人にお話することがあったらお話するだけなの」
「そうなのですか」
どう受け止めればいいのか分からない。
言い伝え通り代々の「生き神シャンタル」の中には「慈悲の女神シャンタル」が存在する。
信じて受け止めていたはずなのに、実際に目の前の方に
信じていたはずなのに、本心ではそのようなことがあるはずがない、そう思っていたとでも言うのだろうか……
「では……」
ミーヤが気になったことを聞く。
「『嵐の夜、
「助け手?」
シャンタルがうーん、と首を捻り捻り思い出す。
「助け手……」
思い出せないという顔で、
「その人は誰を助けるの?」
そう聞いてきた。
「誰を……」
「そう言われた困った人は誰?」
「困った人、ですか……」
「あ……」
言われてミーヤが思い出す。
『助け手が現れるってのは誰のためにやった託宣なんだ?』
トーヤがそう言ったのを思い出した。
『自分の命が危うくなったから助けてくれって託宣するのは変じゃねえか?』
そうも言っていた、そして……
『誰のためにしたのか不思議だったが、結局世界のためにしたってことになるのか?』
「誰のための何のための託宣か」は「世界」のためだという話であった。
「困っていらっしゃったのは世界、だそうです」
思い切ったようにミーヤが言う。
「世界……」
また首を振り振り考える。
「世界……あ……」
何かを思い出したようだ。
「中の方がそう言ってってシャンタルに言ったの」
「中の方が!」
2人が驚く。
「そう、そう言ってって」
シャンタルの託宣の半分は「謁見の間」で行われる。
託宣を求めてやってくる人々に、必要ならお声をかけられる。何もなければそのままやることはないと伝えられる。
残りの半分は主にシャンタルの応接室で行われる。
国中からの問い合わせの手紙や書類が読み上げられ、そこでも必要ならお声がある。
何もない中、シャンタルが託宣だけを行うということはないことではないが、ほぼないと言っていいと言える。記録の中にも
その僅かに残る一つが「千年前の託宣」であった。しかもこれは
「お話ししたことあった……」
シャンタルがびっくりしたような顔でそう言う。
「そのようですね。それで、その方と他に何かお話しなさったことはございませんか?」
「お話ししたこと……それだけだと思うの」
「そうですか……」
「中の方」が何かをお伝えくださりシャンタルに運命を知らせてくださっていたら、キリエはほんの少しだけそう思ったが期待は打ち破られた。
「それでリルがどうしたの?」
「あ、そうです、他にリルとお話したことは覚えてらっしゃいますか?」
「うーん……そうそう、王都のお話をしてくれたの」
シャンタルが思い出し思い出しリルが話してくれたことを話してくれた。
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