2 神の過ち
「しっかりなさってください、キリエ様」
ミーヤが急いでキリエの手を取り力を入れて握った。
「ああ、ごめんなさい……ですが、少しばかり心がくじけそうになりました……」
こんなキリエの姿を見るのは初めてであった。
キリエはいつも鋼鉄の仮面をかぶった絶対の侍女頭、そう思っていた方の人間としての弱さを初めて目にしたような気がした。己の過去を語った時ですら、あれほど淡々と話していたのに、と。
「大丈夫です、シャンタルは大丈夫です」
「ですが……」
「私も、最初に耳にした時には頭の中が真っ白になりました。今のキリエ様のように心がくじけそうになりました。ですが、目の前のシャンタルのお姿を見ていて、もしかして、と思うこともありました」
「もしかして……それは?」
ようやくキリエが顔を上げた。まだ仮面ははがれたまま、不安そうな老女の顔がそこにはあった。
「どうしてシャンタルはあれほどお二人の中に戻りたがるのだろう、とずっとそれが不思議でした」
「それは、今までそのような生活しかなさってなかったからでは?」
「ええ、もちろんそれはあるだろうと思います。そしてシャンタルがお二人を本当に愛してらっしゃるから、お二人もシャンタルを本当に愛してらっしゃるから、だからこそ深くつながってらっしゃるのだろう、と」
ミーヤが軽くこっくりと
「ですが、さきほどのお言葉を聞き、もしかするとシャンタルはご自分もまた1人の人間であるという意識をお持ちではないのでは、と思いました」
「どういう意味です?」
「はい。ずっとお二人を通して外を見ていたがために、自分もそれぞれラーラ様と同一で1人、マユリアと同一で1人、もしくは3人で1人の人間と思っていらっしゃったのではないかと」
「どういうことです?」
「はい……」
ミーヤが言いにくそうに話し出す。
「シャンタルは、あの、あのような方なのでお二人共かわいいと大事と思われると同時に
「ええ、それは確かにありました。私もそうでしたが」
「はい、それで余計に意識を共有されるということでお力を貸したい、そう思われてご自分の中にも受け入れていらっしゃったと思います。あのようなこととは思われなくとも、少なくとも自分がそばにいることでシャンタルの役に立っている、そう思われていたと思います」
「ええ、そうでした。特にラーラ様は片時も離れずと言っていいほどの時間をご一緒に過ごされていらっしゃいました」
「はい、ですが、それが……あの、間違いではなかったか、と……」
ミーヤがためらいがちにそう言うと、キリエが驚いた顔になった。
一侍女が、それもまだまだ下級の、いわゆる「
「あの、申し訳ありません」
ミーヤが深々と頭を下げる。
「いえ、今にして思えばそうだったと思います……ですが、お二人も私たちも、そのことに気づけずにおりました。離れた場所にいたおまえだからこそ気づけたのかも知れません」
「はい……」
シャンタルは特別のお立場である。だが当代は、「黒のシャンタル」はまた別の意味で特別でもあり、それゆえか強大な力をお持ちであった。さらに普通にはお話しにもお聞きにもご覧にもなられない方、不憫であると必要以上にお力をお貸しになっていらっしゃった、それは否定できない。
「ですから、もしかしたらですが、それで余計にご自分というものをお持ちになる必要を感じられなかったのではないかと。お二人とご一緒だとご自分をお預けになって、本来のご自分はお眠りになって夢の中で外を見ていらっしゃったような形を続けてこられたのでは、と思いました」
キリエは少し考えてから言った。
「おまえの申す通りかも知れません……」
キリエは初めて気がついた気がした。
「神にも
「過ちと申していいのかどうかは分かりませんが……」
確かに「黒のシャンタル」が託宣を行うためにはシャンタルの自我は必要がなかった。ない方がよかったと言っていい。だが、人間としてのシャンタルを思うなら、自分の足で立つ助けこそ必要だったのではないか、ということだ。
「国のためにあの方をああしてしまったのが私たちだったのですね……」
「キリエ様……」
誰がキリエたちを責められようか。そもそもがそのために生まれてきた存在だったのだ、代々、代々、代々……
「それで、おまえは今何を考えているのです」
「はい。シャンタルに、ご自分を知っていただければ、ご自分も1人の人間であると分かっていただけたら、もうお二人の中に戻りたいとお思いにならなくなる可能性があるのでは、と」
「なるほど……」
シャンタルが事実を知り、それを受け入れればその可能性はある。
「ですが、どうすれば……」
「それで考えました、鏡です」
「鏡?」
「はい、鏡の中にいる人間は現実の人間が映っているものだとご理解いただければ、それがご自分と分かっていただけるかも」
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