4 諸事
「ホッといたしました……」
キリエが優しい顔で微笑んだ。トーヤが今まで見たことがない顔だ。
「やはり、お助けしたいと思ってくれているんですね。ありがとうございます」
椅子に座ったまま頭を下げる。
「間違えるなよな?」
トーヤが釘を刺すように言う。
「思うのと行動は別だ、何度も言ってるがあいつが頼みに来ない限り見捨てる」
「分かっています。ですが、根底にどのような意識があるかは重要ですからね」
もういつもの侍女頭の顔に戻っている。
キリエは椅子からすっと立ち上がった。
「では、体調が整いましたら声をかけて下さい、棺の場所に案内いたします」
「分かった」
「今、あなたの世話役はリルです、リルに伝えてくださればよろしいですから」
「分かった」
「では」
トーヤに背を向けて数歩進み、はたと立ち止まると振り返った。
「ミーヤはがんばっていますよ。私はあの子の望みのためにも必ずシャンタルにお心を開いていただきます」
「なに?」
キリエはそれには答えずそのまま部屋から出ていった。
キリエはもう一度侍女部屋に行き、そこで新たに報告を受け、それに対する回答などを終えると、ようやく執務室に運ばせた食事を、昨日来初めて執務の合間に急いでとることができた。
食事をとっているとリルが尋ねてきた。
そこで今朝の出来事を聞く。
「分かりました。それで今マユリアはどうされていますか?」
「はい、あの、少し横になってお眠りになられたようですが……あの、大丈夫でしょうか」
「マユリアを信じなさい」
キリエはそう言うとリルの顔を見た。
「本当に大変な思いをさせますね、ごめんなさい、ありがとう」
「え……」
リルはキリエの言葉に驚いた。
「ですが、昨日も申した通り、おまえに頼るしかありません。よろしくお願いしますね。それと、マユリアのことは必ず他言無用です」
「は、はい」
リルが急いで頭を下げた。そう言い切られてしまうともうリルには何も言えず、自分の務めのためにそのまま部屋を辞した。
それからしばらくするとダルが宮へ戻ってきた。またその報告を聞く。その上でマユリアに言われていた通りにできるだけ詳しく事情を説明した。
「そうだったんですか……」
ダルは話を聞いて納得した。ラーラ様が宮から出された理由、そして今何が行われているかを。
「マユリアはどちらへ?」
「それは申せません」
「え?」
「シャンタルのお力がどれほどのものか分かりません。ですからどちらに向けても知らぬことにした方がいいように思います」
「ああ、なるほど……」
ダルがマユリアの居場所を知ることでシャンタルがマユリアの居場所を知ってしまう可能性がある。それにマユリアがシャンタルの状態を聞くことでシャンタルに意識が向くことになるとそれもまた通じ合ってしまう可能性が出てくるということか。
「むずかしいですね……」
「ええ、ですが、やらねばなりません」
「はい」
「それで本来なら黒い棺を見てもらおうと思っていたのですが、トーヤが少し体調を崩したようですので明日になるかと思います」
「え、トーヤどうしたんですか?」
キリエは少し考え、言った。
「シャンタルと共鳴を起こしたようです」
「共鳴って、前に目が合った時になったようなですか?」
「そうです」
「なんで……」
「まあ、色々なことがある、ということです」
それ以上は言う意思がないことをその言葉で告げて切り上げる。
「おまえも疲れたでしょう。今日はもう休みなさい。また明日から色々とやってもらうこともあるでしょうし。お疲れさまでした」
「はい、ありがとうございます」
そう言われてしまうともうダルにはどうこう言うこともできない。大人しく部屋を出た。
これでようやく一区切りついた。
キリエははあっと大きく一息つくと腰を上げる。
侍女部屋へ寄って今日当番の侍女にシャンタルの私室にいること、必要なことがあればそこまで伝えに来ることなど、さらにいくつか指示を出してようやく奥宮の最奥へ向かう。
シャンタルの私室へと入る。
応接室には誰もいない。
シャンタルの食卓の近くにワゴンが置いてある。上の食器は空になっていた。ミーヤがきちんと食事をとったのだなと思った。
これからしばらく、自分とミーヤの食事はそのようにして届けるようにと言いつけてある。
おそらく、これで
後は進むだけだ。
そっと寝室の扉を開ける。
その音に気づいてミーヤがこちらを向いた。
「キリエ様……」
その呼びかけにキリエは何かを感じた。
「どうしました、何かありましたか?」
「はい……」
急いで寝台に近づく。
シャンタルは寝台の上に上半身を起こして座っていた。
「何がありました?」
「はい……」
ミーヤが椅子から立ち上がり、キリエの正面に立った。
「シャンタルが、私の名前を呼んでくださいました」
「なんですって?」
「その前に顔を見てくださいました」
「え……」
驚いて寝台の上のシャンタルを見る。
「シャンタル……」
ミーヤを通り越して寝台のそばに立つ。
シャンタルが自分の動きに合わせて視線を動かし、じっと顔を見た。
しばらく考えるようにして、
「きりえ?」
そう聞いてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます