8 身の上話
ミーヤは目を覚ました。
いつもは朝の一つ目の鐘で目を覚ますのだが、この部屋にその音が聞こえてくるのかどうかも分からない。なんとなくだが、ここまでは聞こえない気がする。シャンタルとマユリアをそのようなものでお起こしはしないのではないか、そう思うからだ。
今は一体いつ頃なのか。もしやキリエ様のお言葉に甘えてしまって大変な寝坊をしてしまったのでは? そう思うと慌ててしまい、身支度をする時間すら惜しい。
それでもなんとか支度を終え、どこから行くかを考え、待機する侍女ならこうするのでは、と小部屋を通って寝室へ進んだ。
そっとそっと扉を開けると、まだ薄暗い部屋の中、キリエが座っている姿と、その前の布団が
「……申し訳ありません、遅くなってしまいました」
「いえ、まだ最初の鐘も鳴っていないだろうと思いますよ。早いですね」
「ここでも鐘が聞こえるのですか?」
「僅かですが聞こえます」
「そうなのですか。よく分からなくて」
「もうそろそろだと思いますよ、もう体が覚えてしまっているんですね」
「そうかも知れません、八年毎朝のことですし」
「おまえが宮に来たのは8歳の時でしたね」
「はい、先日16になりました」
「早いものですねえ」
「はい」
こうしてキリエとよもやま話をする時間を持つなど、想像もしないことであった。
「あの」
「なんです?」
「シャンタルはお休みなのでしょうか」
「ええ」
「いつもはどのぐらいの時間にお起きになるのでしょう」
「2つ目の鐘でお起きになります」
「お早いのですね」
「ええ、マユリアとラーラ様がお起きになる時間なのでご一緒に目を覚まされるのでしょう」
まだ鐘1つ分の時間があるということだ。
ミーヤはキリエに聞きたいことがあった。
「お父上にお会いしました」
「え?」
キリエが不審そうな顔をする。ミーヤはトーヤに連れられて客殿に行ったこと、そこで話したことなどをキリエに話した。
「そうですか……」
キリエがふうっと息を吐く。
「トーヤはよく気がつきましたね」
「自分の周囲に出来事が集まってきている、と」
「集まる?」
「はい。実は、親御様がいらっしゃった村で一緒に働いていたのが私の祖父だったのです」
「え」
キリエが驚いて目を丸くする。
「トーヤがどういう経緯でそこまで知ったのかは聞いていません。ですが、その話を聞き、私の運命もやはり今回の出来事に関係しているのだと思いました」
「そうですね……そもそも、マユリアがおまえを指名したことも何かをお感じの上でなのかも知れません」
「はい……」
どうして自分が選ばれたのか、ずっと気になっていたことの答えを手にしたように思ったことを伝える。
「では、私が今ここにいるのもその運命のためなのでしょうかね……」
「え?」
思いもかけないことをキリエが話し出した。
「私は、元々はさる大貴族の
「ええっ!?」
「その貴族の侍女であった母が生んだのが私でした。よく覚えてはいませんが、かなり豪華な屋敷に母と使用人と共に住んでいた記憶があります」
キリエが続ける。
「そして5歳の時、行儀見習いとして宮に入るようにと言われ連れて来られました」
「え、5歳でですか?」
「そうです。年頃になったらそれなりの家に嫁ぐように、それまでここで教育を受けるようにと言われました」
「そうだったのですか……」
そんな幼さで宮へ入り、結局キリエはそのまま誓いを立てて宮に残り侍女頭にまでなったのだ。
「母という人は、美しい人でしたが自分の美しさにしか興味がないような人でした。思えば、それだけが父を結びつける方法だと思っていたのかも知れませんが、私には興味がなく、ほとんど話をしたこともありません。ですから、宮に入っても特にさびしいとも思いはしませんでした。ただ……」
何かを思い出すように少し下を向く。
「13歳になった時、家から使いがあり、迎えに来ることはないからそのまま誓いを立てるように、と」
「え、なぜそんな」
「その時は分かりませんでしたが、後年、色々と事情を知ることのできる立場になり、父が亡くなってその弟である叔父が家を継いだことなどがあったのがその年だと分かりましたので、そのせいなのかも知れませんね。その後その叔父やいとこがシャンタルの託宣を受けに来られたり、宮の客人となることもあり何度か顔を会わせましたが、あちらは私のことなど全く記憶にもないようでした」
「…………」
「それで13歳で誓いを立て、今まで宮におります。その時も、その後も、なぜ自分はこんな人生なのだろうと何度も思いました。答えは出ぬまま今日まできましたが、もしかすると私の運命も、そのためにつながっているのかも知れませんね……私もその答えをいただいたように思いました」
「キリエ様……」
「ですから、何をどうやってもシャンタルをお救いしないと。そのために私もおまえもここにいるのでしょう」
「はい、そう思います」
「きっとシャンタルは救われます」
「はい、私もそう思います」
暗闇の中、ほんの少しだけ灯りが見えた気がした。
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