3 切り離す

「そんな、そんなことができるのでしょうか……」

「いたします」


 マユリアはきっぱりと言う。


「わたくしはシャンタルのためならなんでもいたします。シャンタルがわたくしを探す全てをはねつけて拒絶いたします。ですが、ラーラ様は、その愛情の深さ故に最後にはシャンタルにご自分から手を差し伸べられるでしょう。ネイとタリアもです。ラーラ様がお苦しみのさまを見たらきっと助けてしまいます。ですからあの2人にはラーラ様のおられる場所を教えず、遠くへやります」


 そこまで話したところへネイが戻ってきて報告をする。


「シャンタルはよくお休みで、ラーラ様はその手を握られてずっと話しかけられておられます……」


 悲しそうに目を閉じる。


「ちょうどよかった……ネイ、ラーラ様をわたくしの客室へお連れしてください」

「え? ではシャンタルがお一人になってしまいますが……」

「このミーヤに頼みます」

「えっ!」


 声を上げたのはミーヤであった。


「ミーヤ、シャンタルがお一人になられる間、おそばに付いていてください、お願いします」

「で、ですが……」


 ミーヤがちらりとネイを見る。ネイが信じられぬという目でミーヤを見る。


「マユリア、お言葉ですがこの者はまだ誓いも立てておらぬ若輩の身、本来ならここまでも入ることを許されておらぬ立場です。とてもシャンタルのおそばには」

「ミーヤを付けます」


 静かに、だがきっぱりとマユリアはそう言ってネイを制した。


「分かりましたね? ネイは一刻も早くラーラ様を客室へ。シャンタルを起こさぬように気をつけてください」

「……はい……」

「さあ、早く!」

「は、はい!」


 マユリアの声に押されるようにネイは急いでシャンタルの寝室と思われる方向に駆けていった。


「わたくしはラーラ様とあの2人の支度を終えたらこのままどこかの部屋へもります。おまえはシャンタルに話しかけ続けてください。そしてシャンタルがトーヤを呼んだらトーヤをシャンタルのおそばへ」

「トーヤをここにですか!?」


 ミーヤは息が止まるほど驚いた。


 ここは男子禁制の奥宮の最奥、侍女であっても一部の選ばれた者しか入れぬ神域の中の神域である。そこに男性であるトーヤを……


「ええ、シャンタルの御為おためです。その為の禁忌きんきは何もありません。トーヤを呼ぶ者が必要ですね……キリエを待機させます。キリエならシャンタルと意識を共有しているわけではありませんがシャンタルをよく知る者です。そしてキリエなら、心を定めて、決してゆらぐことなくすべてを見届けてくれることでしょう」


 マユリアがミーヤの手を握る。


「お願いしましたよ。シャンタルを、シャンタルの命をお救いするためです。なんとしてでもシャンタルのお心を開いてください」

「マユリア……」


 ミーヤがしっかりとマユリアの手を握り返す。


「はい、必ず! そのためには私もできる限りのことをします、きっと心を開いていただきます!」

「頼みます……」


 マユリアがミーヤの両手を取り、掲げるようにして自分の額につける。さっきミーヤがトーヤの手を取って同じようにした、誓った時のように。


 ネイがラーラ様を連れて寝室から出てきた。


「マユリア、どうしました? 何があったのです。わたくしはシャンタルから離れるわけには」

「ラーラ様、シャンタルをお助けするためです。どうか今すぐわたくしの客室へ。後ほどわたくしも参りますので」


 ラーラ様がじっとマユリアを見、


「分かりました……ネイ、お願いします」

「はい……」


 ネイに伴われてシャンタルの部屋から出ていった。


 マユリアはシャンタルの寝室の方を見、そちらへ行きたそうな素振りを一瞬見せたが、


「では、わたくしもまいります……ミーヤ、頼みましたよ」


 鉄の意思で自らを留めると振り返ることなく部屋から出ていった。




 部屋には静寂が満ちる。


 豪華な部屋に一人取り残されたミーヤは足が震えてその場にへたりこみそうになったが、やはり自分を奮い立たせ、シャンタルの寝室へと向かった。


 先程ネイとラーラ様が出てきたとおぼしき扉の前に立つ。


 そう大きくない扉、豪奢な部屋の一部にしてはどちらかと言うと大人しい印象を与える扉である。

 だが、その扉1枚を隔てたそこが神の寝所、そう思うと扉の持ち手にかける手が震える。


 そっと手をかけて引くと力が必要ないほどに軽く、音も立てずに開いた。

 

 少し開いた隙間からそっと中を覗くと、そこはそれまでの部分と違い、薄い柔らかい印象の部屋であった。いかにも子供がゆっくりと休めそうな、ほっとするような最低限の装飾、特に香の香りもしない。本物の花の香りがほんのりと、本当に気づかぬほどに香るような気はするが。


 もう少しだけ扉を開き、そっと体をくぐらせると後ろを向いてそっと扉を閉じる。

 かわいらしい印象だが、大きさだけはかなりある天蓋付きの寝台にそっと歩み寄る。


 その方はその寝台の真ん中ですうすうと寝息を立てて眠っていた。

 銀色の髪、褐色の肌、この世のものとは思わぬ美しさを持つ奇跡の子ども。

 眠る姿を見るだけでは、美しいだけの普通の子供にしか見えないその人のそばに、ミーヤはそっと身を置いた。

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