18 不可能

「トーヤ……」


 ミーヤにはトーヤが何を言いたいかがよく分かった。フェイのことだ。

 トーヤはシャンタルにも生きてもらいたい、フェイが選べなかった運命を自分で選んでほしいのだとミーヤは思った。


「それとな、ダル」

「なんだ?」

「おまえ、託宣のことを忘れてるだろ」

「え?」

「託宣にあっただろうが、俺がシャンタルを見捨てたらシャンタルは死ぬってな」

「あった……」

「つまりな、おまえがいくらがんばっても、俺が助けない限りシャンタルは多分助からねえ」

「え?」

「俺は託宣ってのをあいつらほど信じてるわけでも大事にしてるわけでもねえ。だがな、一度この目で見てるからな、リルの時に。千年前のシャンタルってのがどのぐらいの力を持ってたか知らんが、託宣ってのに力があるとしたら、おまえがいくらがんばろうがだめだってことだ。そんな簡単なことじゃねえんだよ、おまえがシャンタルを助けることはできねえ、不可能だ……」

「そんな……」


 ダルが絶望に目を伏せる。


「おまえの気持ちはありがたい、正直、涙が出るほどうれしかった……」

「トーヤ……」


 ダルは一瞬黙ったが、すぐにこう言った。


「それでも俺は諦めねえ、最後の最後までシャンタルを助ける努力はする」

「うん、それはいいんじゃねえか?」


 トーヤが本当はそうは思ってないかのように軽く言う。


「ただ、あまり希望を持ちすぎるなよ。おまえががっかりしたあまりに変になっちまうのも嫌だからな。もしも失敗したとしても、それはおまえのせいじゃねえ。助けなかった俺のせいだ。託宣のせいだからな」

「トーヤ……」

「おまえがな、俺のために、俺が苦しまないように自分がシャンタルを助けようと思ってくれたこと、感謝してる。だがな、その気持ちを知った上で言うぞ、おれは今のままならシャンタルを助けない。おまえがいくら苦しもうとな……すまんな」


 ダルがぐっと手を握り込んで黙る。

 トーヤの決意が分かる。

 これほどの覚悟を決めた人間をダルは今まで見たことがない。


「助けた方が楽なのに……トーヤだって……」


 そう言ってダルは涙を浮かべた。


「そうだな。だがな、俺が助けたくねえんだよ、今のシャンタルをな。すまんな」


 もう一度そう言ってトーヤがダルに謝った。


「私も……」


 ミーヤが言う。


「私も諦めません、シャンタルにお心を開いていただきます。そうしてトーヤに助けていただきます」

「無理なんじゃねえの?」


 雨でも降りそうだ、という風にトーヤが言った。


「今までだって散々やってきただろ? だけどだめだった。あんたにこれ以上できることはないように思うけどな」

「諦めません」


 ミーヤの決意も固い。


「最後の最後まで諦めません……ですから、トーヤもダルさんも、棺を引き上げる準備をなさってください。きっと私がシャンタルを……」

「あんまりがんばり過ぎない方がいいぞ」


 足元の石に気をつけろ、ぐらいの感じでトーヤが言った。


「あんたも、シャンタルが心を開かないとしても、その結果死ぬことになったとしても、それはあんたのせいじゃねえ。あいつが心を開かなかったせいだ、それで助けなかった俺のせいだ。それをよく分かった上でやりたいことをやるのは止めねえけどな」

「諦めません……」


 ミーヤは泣かなかった。


「泣いてる暇はありません。私は今からまたマユリアにお会いしてきます。そしてシャンタルにも。これからその日までできる限りシャンタルのおそばで色々と話しかけます。できることは全部やります。ダルさん」

「あ、はい」

「リルに、トーヤの世話もお願いしてくれませんか? 私が今やることはトーヤの世話ではありません」

「ミーヤさん……」

「理由は話せないと思いますが、なんとか説明しておいてください」

「分かった……」

「トーヤ……」


 ミーヤがソファの近くで膝をつき、トーヤの右手を握った。


「行ってきます」


 トーヤは何かを考えて、そして言った。


「まかせる……」

「はい……」

「それとな」

「はい?」

「シャンタルを助けられなかった時は、あいつを見届けて俺はそのままこの国を出る、もう戻ることはない」

「そんな!」


 言ったのはダルだった。


「戻りたくねえんだよ……」

「トーヤ……」

「誰が戻りたいよ、こんな国……」


 トーヤが顔をダルとミーヤから見えない方向に傾けた。


「戻りたくねえよ……」


 冬の空気に溶けたような声だった。


「大丈夫です……」


 ミーヤがトーヤの手をもっとしっかり握る。


「トーヤはこの国に戻ってくるんです。そのために私は行くんです。今度会う時はトーヤにシャンタルが助けてと言う時です。それまで戻りません。その時には呼びにきますから、待ってて……」


 握った手を自分の額に当て、もう一度誓う。


「待っててください……」


 そう言ってからそっとトーヤの手を放し、ダルに言う。


「ダルさんは棺を引き上げる準備を。それと、トーヤのこと、よろしくお願いいたします」

「分かった……」


 ダルがうなずく。


「俺もミーヤさんを信じる。頼みます、きっとシャンタルの心を開かせて戻ってきて下さい」

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