22 声
「まあ、では今回『だけ』はそういうことと承っておきますね」
ミーヤはニコニコしてはいるがやはり怖い。
「お、おう……そういうことだ」
トーヤはなんとか平静を保ってそう言う。
「それで、どうしたんだ?」
「あ、そうでした」
コホンと一つ咳をして、態度をあらためて言う。
「マユリアがお呼びです」
「ああ、お茶の時間か」
「はい。それで、今回はトーヤと私と、そしてリルの3人で来るようにとのことです」
「え!」
「え!」
トーヤとダルが同時に声を出す。
今、この雰囲気の中のリルか! そんな声である。
「さあ、行きますよ。リルはもう外で待ってます」
「あ、ちょ、ま、待て……」
急いでトーヤが部屋から飛び出し、ダルは1人、トーヤの部屋に取り残された。
外に出るとリルが影のように立っていた。
見るだけでも表情が暗い。
「待たせました、ごめんなさい」
そう言うとリルと並んでミーヤが歩き出す。
リルは何も言わない。ただ、目の色が
黙って3人で歩き黙ってマユリアの客室に着いた。
「ミーヤです、失礼いたします」
入るともうシャンタルとマユリアはソファに座っていた。
「どうぞ、お座りなさい。シャンタル、今日はトーヤとミーヤと、そしてリルですよ」
トーヤとミーヤはもう何回もこうして「お茶会」に呼ばれているので慣れた風に座るが、リルは、この間の息もできないほどの緊張が嘘のように、それこそ人形のように、静かにミーヤの隣の椅子に座った。
「今日は、何か面白い話はありますか?」
「いやあ、特にねえかな」
「そうですか、では、リルは? 何かありますか?」
「あ、いえ……」
リルは、それでも直接マユリアに名前を呼ばれるとやはり少し緊張したように背筋をピンと伸ばしたが、さすがにあったことを言うわけにもいかず、
「あの、特に変わったことは……」
と、一言だけ言うと黙ってしまった。
「そうですか、残念です」
マユリアがそう言った後、
「え?」
ソファの方を見ていたミーヤが思わずそう言った。
シャンタルが立ち上がっていた。
「な、なんだよいきなり」
トーヤも戸惑う。
これまで、いくら話しかけようが全く反応がなかったシャンタルが音もなく立ち上がり、そしてリルを見ていた。
「託宣です」
マユリアの言葉に3人が驚く。
『自分の幸せを望むのならまず相手の幸せを望みなさい』
深い深い緑の瞳が、じっとリルを見ながらそう言った。
『己の感情に振り回され誤った道を進んではいけません』
初めて聞くシャンタルの声。
かわいらしい声であった。
だが、その口調はきっぱりと深みがあり、とても子供のものとは思えない。
「だそうですよ、リル。何か心当たりはありますか?」
マユリアが優しく聞く。
「あ、あの、はい、私、私は……」
困ったようにしばらく言いよどんでいたリルであるが、
「あの、あの……申し訳ありません」
そう言うと上着の隠しから取り出したハンカチを握りしめ、シクシクと泣き出した。
「シャンタルのおっしゃる通りです……私は、私はある方の不幸を望みました……」
それを聞いてトーヤとミーヤが驚く。
「その方は悪くないのに、とても優しい方で、大好きなのに、それなのに、私は、私は……」
ミーヤがリルの肩に優しく手を添えた。
「私は、あろうことか、自分の実家に、自分の親に言ってその方を苦しめたい、そう思ってしまっていました。本当にその方は悪くないのに……ただ、正直にご自分の気持ちを伝えてくださっただけなのに……」
そう言ってわっと泣き出す。
ミーヤはトーヤが言っていた通り、リルがそんなことを考えていたのかと、驚いて声も出なかった。
「苦しめたい、いえ、自分の言うことを聞いてくれないのなら、ですが。そうやって、なんとか自分の望みを叶えたい、そう思っていました。その方の気持も考えず、自分の思いだけを、自分の欲しいものを手に入れたいためだけに、そんな、そんな恐ろしいことを……私は本当に……」
「リル……」
ミーヤはどう言っていいのか分からず、黙ってリルの背中をさすった。
「どうやったらあの方の気持ちをこっちに向かせることができるのか。他に好きな方がいらっしゃるのなら、その人をどこか遠くにやってしまうとか。そんなことばかり考えておりました。そうしたらこっちを向いてくれるのではないか、そう思いました。そして、そして、そうやってもだめなら、不幸になってしまえばいい、そう思っていました。その考えがぐるぐるとずっと頭の中を回って……」
今はもう声を殺すこともなくただただ泣くばかりのリル。その背をさすり続けるミーヤ。
そしてトーヤは落ち着いた目でじっと見ていた、シャンタルを。
「今のが託宣か……」
「ええ、そうです」
マユリアがにっこりと微笑みながらトーヤに言う。
「おきれいなお声でしょう? シャンタルの言葉は慈悲の言葉です」
「ああ……」
そう言いながらトーヤはじっとシャンタルから目を離すことがなかった。
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