17 告白
結局その日は何を言っても何をしても、シャンタルの反応はないままであった。
仕方なく、また次回ということで、2人はマユリアの客室から辞した。
「あいつが反応することがこの先あるのかねえ……」
「ええ……」
ミーヤもトーヤの遠慮のない言い方に同意する。
本当に目の前にいるのが生き神、とは言っても生きている人間とは思えなかった。
「まあ、やれってんだからやるしかないか。これも報酬のうちに入ってることだしな」
ミーヤは返事に困ったように、黙ってトーヤと並んで部屋へと戻っていく。
トーヤとミーヤがシャンタルと会話をしようと四苦八苦している間、リルはダルと2人でダルに与えられた部屋にいて、とうとう思い切った行動に出ていた。
この思いはもう表に出してしまうしかない、そう思った上の決心であった。
「あ、あの、ダル様……」
「はい?」
「あ、あの……私のこと、どう、思ってらっしゃいます?」
「え?」
いきなり聞かれてダルが困ってしまう。
「あの、どうと言われても……うーん、そうだなあ……すごくよくしてくれてると思います。いつもありがとうございます」
細長い体をひょこっと折って頭を下げる。
「あ、あの、こちらこそ……ダル様のおかげでマユリアや、私の立場ではお会いできないはずのシャンタルにもお目にかかれて、その他にも色々と感謝の気持ちしかございません。ありがとうございます」
リルも、決して低くはない背を折って同じようにおじぎをする。
「なんか、おかしいですね」
頭をあげようとしたらリルも頭を下げていて、ダルがつい笑う。
「そうですね……」
2人で顔を合わせて一緒に笑う。
「いやあ、本当にいつもお世話になってます。俺みたいのの世話係やらされて、大変でしょう?」
「いえ、トーヤ様に比べれ……あ……」
「そりゃそうだ」
ついこぼれた本音にまた一緒に笑った。
「ダル様」
「はい?」
「あの、あの……私は、ミーヤとは違って、行儀見習いを終えたら宮を辞して、そしてどこかに嫁ぐようにと父に言われております」
「ああ、言ってたね」
「はい……それで、それで、あの……」
リルは一呼吸吸うと思い切って言った。
「あの、私は、あの、もしも、どこかに嫁ぐのなら……ダル様のところであれば幸せなのにと思いました!」
「え?」
ダルは、一瞬何を言っているのかと思って動きを止めたが、
「えっと、あの、それ、あの……」
そう言って黙ってしまった。
しばらく沈黙が続いた。
リルにとっては重い時間であった。
「あの、リルさん……」
ようやくダルが口を開いた。
「ありがとう……俺、女の人からそんな風に言われたことがないからびっくりしてしまって、あの、ありがとう、とてもうれしいです」
「あの、では……」
「だけど、ごめんなさい、俺、好きな子がいるんです」
リルは返事もできないまま、その場に立ち尽くした。
「幼馴染で、あの、まだ何か言ったわけじゃないけど、あの、いつか、一緒になれたらなあ、とずっと思ってて、あの……いや、何か言ったわけじゃないんだけど、あの、そういうことなんです……」
リルはそのまま、しばらく立ったまま動かなかったが、やがて……
「あの……あの、まだその方と何か、約束とかされているわけではないんですよね……」
「うん、あっちが俺のことどう思ってるかとか全然分からない」
「でしたら、でしたら、あの、私とのことも一度考えてはいただけないでしょうか」
「え?」
「あの、私……殿方にこうして親しくしていただいたこともなく、いつか、父が決めた方の元に嫁ぐのだろう、そう思ってまいりました」
「そうなの」
「はい。だから、その、どなたかを、こんなに愛しいと思うようなこと、自分にはないのだ、と……ですから、です、から……」
そう言った後、リルはぽろぽろと涙を流して言葉を消してしまった。
「あ、あの……」
ダルはポケットからハンカチを出すとリルに渡した。
リルは黙って受け取ると、静かに泣き続けた。
「どうしても、どうしてもだめでしょうか……あの、私……」
しばらくして、ダルが渡したハンカチを顔にあてながらやっとのように言う。
「うーん……」
ダルはダルで困ってしまっていた。
ダルは物心ついた頃からずっとアミのことが好きであった。
アミが自分をどう思っているのかは分からないが、いつか、自分が一人前になったらと、ずっと思ってはいたのだ。いたが、そういう勇気もないまま今日まできてしまった。
そんな自分に、まさかこんな美人で上品で、しかも大商会のお嬢様が好きだと言ってくれるとは、思ったこともなかった。想像もできない事態にどうしていいものかと困り切っていた。
ダルは誠実な性格だ。適当な言葉をつないでこの場を乗り切ることなど思いもつかない。
なんとか自分の考えをまとめて、リルの思いに真面目に答えようと言葉を探していた。
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