5 即決
翌朝、昨日リルが言っていた通りにリルの家族が面会に訪れた。
リルの父親のところを訪問する話をつけてもらうように話しておいて、トーヤは別の場所を訪れた。
「よ、隊長」
「またおまえか……」
今日は1人で執務室にいたルギがいかにも嫌そうにため息をつく。
もう包帯は外れてあごに小さな布を貼っているだけになっている。
「そんな嫌がらなくてもいいじゃねえかよ、友達じゃねえか」
「いつそんなものになった……」
「まあま、それはいいじゃねえかよ……と、どっこらしょっと」
またすすめられもせぬのにソファにどっかりと腰を下ろす。
ルギが眉をひそめる。
「それで、今日はなんの用だ?」
「あんたは仕事大丈夫なのか? いつ来てもそうして座ってるように見えるが暇なのか?」
「たまたま部屋にいる時におまえが来るだけだ」
「そうだっけ? まあいいや。そんでな、この国の手形ってどうすりゃ出してもらえる?」
「手形? 旅をする時のあの手形か?」
「他になんかあったっけ、手形って」
「まったく口の減らんやつだ……宮のなら所属の部署から出るはずだが」
「俺はじゃあマユリア所属でいいのか?」
ルギはギロリと睨みつけ、
「知らん」
と切り捨てた。
「羨ましいだろう」
ニヤリとして言うがいつものように反応はない。
特に面白くもなかったのでからかうのはそのぐらいにし、手短にシャンタルの手形について話をする。
「オーサ商会の会長は今来ているのだな?」
「会長? リルの親父さんなら来てるはずだ」
「分かった、すぐ行こう」
「え?」
トーヤの返事を待つ暇も惜しいとばかりに立ち上がると、ルギが大股で部屋から出ていく。
「ちょ、待てよ」
トーヤも慌てて後を追う。
侍女の面会室に着くとルギは丁寧にノックをして扉を開けた。
「失礼します」
リルは、マユリアのそば付きの衛士であるルギがいきなり家族との面会の場に現われたのでひどく驚いていた。
「
リルの父親も驚いたものの、特に断る理由もないことから承諾してくれたので一度退室して隣の面会室に入って待つこととなった。
「トーヤ『殿』……」
「なんだ、何か不足か」
「いや、びっくりしただけだ」
「ならいい」
特に話すこともなくしばらく待つとリルの父親が1人で部屋へと入ってきた。
丁寧に挨拶をするとご用向を伺います、と2人の対面に座る。
「実は、少し訳ありの子供にそちらの商会から手形を出していただけないかと思いまして」
「訳ありの子供?」
「故あって訳は話せませんが、今は王都封鎖でこちらに留め置かれております子供、10歳になります男の子なのですが、その子をある場所へ送り届けなくてはいけなくなりました」
「それがなぜ私のところで手形を?」
「そこが訳ありでして……本来なら宮から出すものかとは思うのですが、何しろ事情が事情ゆえ、それがなかなか難しいのです」
「ああ……」
リルの父親、アロは何かピンときた、という顔をする。
「時々ありますなあ、そういうことが……」
「ご理解いただけるとありがたい」
ルギが丁寧に頭を下げる。
「できれば宮とも王宮とも関わりがないと思われた方がその子のためでもあり国のためでもあるのです。お願いできるでしょうか。もちろんその子の身元についてはこちらで、私が責任を持って保証いたします。そちらのご商売に不利益になるようなことはいたしません」
「いやいや、そこまでおっしゃっていただけると……」
商人である。この機会に宮に恩を売っておくのも悪くはないとの計算と、娘が少しでも良い役につけたり良い評価を受けられるかもとの情から引き受けてくれそうだ。
「それでそのお子様1人でよろしいのですか? そんな小さな方を1人で旅に出すわけにもいきませんでしょう」
「それはこちらのトーヤ殿が引き受けて相手先まで送り届けてくださることになっております。ですが、そこまでご負担をかけるのも申し訳ない」
「何をおっしゃいます、1人も2人も同じことです。どうせなら親子や兄弟とでもしておいた方が使いやすいのではないですか?」
「それが……外の国の方でして、トーヤ殿とは外見が似ていらっしゃらないもので家族とは……」
「ああ」
アロがまた納得したような顔をする。
「外の国には色々な髪や肌の方がいらっしゃいますからな。いやいや、私もこう見えて若い時にはアルディナにまで商売で出かけたことがございます。まことに色々な姿の方がいらっしゃいました」
「ほう、さすがに名のある商会の会長様ともなると見識がお高い」
「いやいやいやいや、若い頃のちょっとした思い出のようなものでして、お恥ずかしい限りです」
リルが言っていた通り、今でもアルディナ行きを折に触れて話したいようだ。
「では、何かほどよい関係をつけて手形をお書きしましょう。そうですなあ、どこぞのご子息とその従者、などで問題は……」
「ございません、ありがとうございます」
こうしてシャンタルとトーヤの手形を出してもらえることになった。即決であった。
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