24 母
「いや、いや、いや、いやー!」
ぐっすりと眠りの中にいたその方は驚いて起き上がった。
「シャンタル……どうなさったのです、シャンタル?」
ラーラ様は同じベッドで寝ている銀の髪と
シャンタルは
「シャンタル、シャンタル、何が嫌なのですか? シャンタル、どうなさったのですか? シャンタル」
ラーラ様は何度もシャンタルをゆすって起こそうとするがいやいやをするばかりである。
「シャンタル、シャンタル!」
何度も呼んでいるとシャンタルが叫ぶのをやめ、ぼんやりと目を開けてラーラ様を見た。
「……ラーラ、さま……?」
うっそりと
「はい、そうです、ラーラですよ。どうなさいました?」
ラーラ様がそう聞くとそちらこそ何を聞くの?という風にもう少し首を傾けた後、何もなかったようにすやすやと眠ってしまった。
「一体何が……」
今までこんなことは一度もなかった。
シャンタルは驚くほど大人しい子供だ。
それはトーヤに言わせると「何も考えていない」と言い切るほど、いっそ自分というものがないと言えるほど感情というものを表すことがない。自発的に何かを発言することもほぼない。
そうしておいていきなり託宣をする。語る言葉はほぼ託宣だ。そしてその託宣が目に見えた結果を出す。
ラーラ様はシャンタルが生まれたその日からずっとそばに付いてきた。
まずは秘密を守るため。
次にはシャンタルを愛しいと思うため。
それから託宣を見守るために。
普通であれば乳母が付いてお世話をするのであるが、当代には異例なことに乳母が付かなかった。その代わりにマユリアの座を降りて侍女となったラーラ様が母のようにずっと付き従ってきた。
もちろんラーラ様に授乳はできないので、その時だけ子供を生んで間もない選ばれた女性が何名かシャンタルに乳を与えるためにおそばに控えてはいたが、シャンタルが満足するとすぐにラーラ様の手元に戻された。
シャンタルのお世話をするのはラーラ様、侍女頭のキリエ、それから誕生の時に従っていた古くからいる侍女2名、そして先代シャンタルである当代マユリアだけである。
以前はシャンタルを取り上げた宮仕えの産婆もそばにいたのだが、年を取り、病を得たことから必ず秘密は守ると誓って宮を辞し、その後亡くなった。
幸いにして丈夫な子供で、病気一つしたことがない。それゆえに侍医に秘密を知られることもなかった。医療を多少知る産婆の手で足りるぐらいのちょっとした不調しか得たことはない。そのために秘密は漏れることなく十年の月日を過ごせた。
だが、文字通り、言葉通り、シャンタルから一日も離れたことがないラーラ様が見たことのないシャンタルの様子、ラーラ様は体の芯が冷える心地がした。
「託宣の日が近付いている……」
そうつぶやくと、眠っているシャンタルの精霊のような髪を静かに撫でる。
「誰もシャンタルの運命に手を出すことはできない。ですが、ですが、どうかシャンタルを助けてください、お願いします、助け手トーヤ……」
そう言ってシャンタルの手をそっと握るとその小さな手に口付け、そして涙を流した。
「わたくしの命で足りるのならばいくらでも捧げるものを……」
ラーラ様はまさにシャンタルの母であった。
子の無事を祈らぬ母などいないのだ。
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