15 キノスにて

 何を扱ってるのか分からないが船の絵のついた看板のある店を見つけ、そこに入ってみる。


 すると運がいいことにここが古い小船とかを扱っている店であった。河口につないでいる何艘かの小船、あれはここの売り物らしい。

 カースや王都にはいないような、そこそこ抜け目のなさそうな親父と交渉し、適当な値段で折り合いをつける。前金としてもらった金で十分買える値段であったが、それでも金袋はかなり軽くなってしまった。


「経費として請求すっかなあ」


 軽くなった金袋をチャリチャリと鳴らしながらトーヤが言う。


「じゃあ船も買えたし帰る?」


 ダルが言ったようにもうかなり時間が経ってしまい、冬の気の早い日がかなり低いところまで下りてきている。


「もうちょっと町を見てみる」

「え~」


 早く帰りたそうなダルを引っ張って町中へ出る。

 数は少ないが、確かにトーヤが知っているような色んな髪や肌の色をした人間がいる。


「俺、初めてみたよ、こんなに色んな髪の人……」

「そうだろな」


 帰りたそうだったダルが珍しそうに夢中になってキョロキョロと町を見渡す。

 歩いている人々の髪だけではなく顔立ちも色々だった。確かにこの町は王都とは違う。


「いやあ、楽しそうだなあ」

「って、だめだよ!」

「聞きたいんだが、なんでだめなんだ? 今日は息抜きに出てくるって話をしてたし多少遊んでも問題ないみたいに思うんだがな」

「なんでって……」


 ダルがちょっと考えて言う。


「そ、そうだよ、ミーヤさんが待ってるよ、リルさんも!」

「おま……」


 なんだろう、ミーヤの名前を出されると弱い。

 もしも、遊んで帰ってそれを知られたら……


「ぞっとしねえな……」


 トーヤが肩をすくませた。


「だろ? 怒られるよ~」

「怒られるぐらいで済むかな……」


 ミーヤの笑顔が浮かぶ。


 あら、そんなにかわいい方がいらっしゃったんですね?

 楽しかったですか?

 なんでしたらその方をお呼びになって世話役をやっていただきますか?


「うわーだめだー!」


 あの笑顔が怖い。


 トーヤはその場にしゃがみこんで両手で顔をおおった。


「そこまでかよ……」


 さすがにダルがびっくりするほどの恐れようだ。


「ミーヤさん、あんた一体……」


 このトーヤをこんな風にしてしまうなんて……ダルはミーヤのにこやかな顔を思い出しながら自分もちょっと怖くなった。


「まあとにかく、そういうことだから(どういうことだか分からないけど)大人しく帰るしかないね」


 トーヤが顔を覆ったままこくんと頷いた。


 だがこの町から西の情報はほしい。それで様子を知るために食堂に入ってみた。


 メニューは特に王都と変わることはないようだが、少し違うものが交じる感じか。

 食事を持ってきてくれた給仕に少しばかりチップを握らせ、西の方について色々と情報も仕入れた。


 ここはシャンタリオの西の端の町ではなかった。まだまだ西には色んな町がある。ただ、どの町も独立的色合いが濃く、名前は一応シャンタリオでありながらあまりその法にも縛られない友好都市的な町らしいと分かった。


「つまり、お互いに仲良くしましょうそうしましょうって約束はしてるが、必要以上に関わらないって形みたいだな」


 あの王都を取り巻く高い山、それがあるからこその形だろう。

 シャンタリオの名を名乗ることで他の国からの干渉は防ぎつつ、町の運営は自由である。ただ、税だけは支払っているし、とりあえずシャンタルやマユリアにも敬意を払ってはいる。


「宮や王都を見てたらそういうの信じられねえよなあ」

「やっぱり地形じゃないの? あの山があるから行き来もほとんどないし」

「かもなあ」


 だがしかし、おかげでこの町まで来てしまえば「仕事」を進めるのは非常に楽になると思われた。


 キノスから西へは船で移動するか陸路を行く。

 海路では中ぐらいの船で小さな港を細かく通り、この大陸の西にある「東の大海ひがしのたいかい」へ向かう大きな船の入る港まで移動できる。

 陸路ならそう大きくはない街道を馬車や馬で途中の駅に止まりながら西の端まで行く。

 どっちを使ってもさほどむずかしい道行きではないように思われた。


「まあ、どっちにしてもあいつの見た目だよな、問題になるのは」

「だなあ……」


 それと子どもだということ。

 トーヤと同じ髪や目、肌なら妹だということにして連れてはいけるが、下手するとそれこそ誘拐犯とも思われかねない。


「どうすっかなあ……」


 旅人が持つ「手形」に適当に何か関係を書いてもらうしかないか。


「って、この国は手形あるのかよ?」

「手形って?」

「ほら、国と国を行き来する時の身分証明書みたいな」

「何それ」


 少なくともダルは知らないようだ。


「あっちじゃ国と国を行き来するのにそういうのがいるんだが、こっちじゃねえのかなあ」

「どうだろうなあ。俺はこの国、ってかあそこから出たことないからな、あったとしても知らないかも」


 動いてみて分かることがやはり出てきた。足を伸ばしてみてよかったと思った。


「あとはちょっくら遊べたらなあ……」


 まだ諦めきれないように言うトーヤにダルがため息をついた。

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