20 仕事

 ミーヤはトーヤの部屋を出てほっと息をついた。


 手が、細かく震えていた。

 よかった、いつものように話せた。そう思いながらも盆を握る手が小刻こきざみに震えるのをやめない。


 やがて、後ろからトーヤの大笑いする声が聞こえてきて、それを合図のように少し震えが収まってきた。

 息をもう一つ大きく吸って吐く、そうしておいてからやっと足を進められた。


 ミーヤには分かってしまった。

 トーヤの「仕事」を知ってしまった今はもう分かっている。


 トーヤの「仕事」とは「シャンタルを連れてこの国から逃げる」ことである。


 つまり交代の日、御代代わりの日、トーヤはシャンタルと共にこの国を去るのだ。

 もう「何がどうなるか分からない」ではない、はっきりと決まってしまった。


 それを考えるともうぐずぐずと変な意地を張ったり、トーヤの反応を恐れたりなどはしていられなかった。

 限られた日々、その日を後悔しないように過ごそう、いつものように過ごそう、そう決めて今朝は何もなかったかのように振る舞った。

 そうしてその日を過ごした後は、またそのもう一つ前のいつもの生活、トーヤがここに来る前の生活に戻るだけなのだ、そう言い聞かせていた。

 そうして今自分ができること、やるべきことをするために、謁見の時間が取れるかどうかを伺いにキリエの執務室へと足を向けた。


 その後、昼過ぎに来るようにとマユリアの返事があり、その時刻になったのでトーヤと、今は隣室の住人となったダルを迎えに行って今度は謁見の間ではなくマユリアの客室に案内をする。

 今度ダルの世話役となったリルも得意そうに胸を張ってミーヤと一緒に2人を先導せんどうしていた。


 部屋に通されると今日はミーヤもリルと一緒に下がっていった。

 「仕事」の内容をリルに知らせるわけにはいかないからだ。


 2人を客室に通して戻る時、リルがちょっと不満そうに言った。


「ミーヤ、いつもはご一緒しているのではないの?私も一緒にお話を聞けるとばかり思っていたのに」

「いえ、いつもというわけではないのよ?カースにご一緒した時とか、何かのおりにはご一緒させていただく時もあるというだけのことなの」

「そうだったの?まあいいわ、今度カースにご一緒させていただくこともあるでしょうし」


 リルがこともなげに言うのにミーヤは何も言えず曖昧あいまいに笑った。


「今日はミーヤさんは一緒じゃないんだな」


 室内ではダルが、今度はこちらはこちらで不思議そうに聞いた。


「リルにも聞かせるわけにはいかねえだろ?」

「あ、そうか」


 「仕事」の話である。なまじの人間に聞かせられる話ではない。


「では、ダルもトーヤと同じく傭兵として雇えばいいのですか?」


 トーヤと一緒に「仕事」の話をしにきたダルにマユリアがそう尋ねた。


「そのことなんですが……」

 

 ダルが言いにくそうに言う。


「俺は、やっぱり傭兵ってのは無理だと思います。トーヤみたいに腕もないし度胸もないし経験もありません。それになにより戦いが怖いです」

「素直ですね」


 マユリアがそう言ってほっこりと笑った。


「それで、色々考えたんですが、すごく図々しいお願いだとは分かっているんですが、何かの形で俺を宮で雇っていただけませんか?」

「宮で、ですか?」

「はい。宮からトーヤの手伝いをするように、そんな形を取ってもらえないかと考えました」

「なるほど」

「あの、ルギを見てて思い付いたんです。ルギは宮の衛士で、それでトーヤの手伝いをしてたわけではありませんが、トーヤの護衛?お供?見張り?なんだろう、なんだかよく分かりませんが、とにかくトーヤが道を見つけるのを手伝ってた、ん、ですか?あれ?」

「手伝ってねえよ」


 トーヤが忌々いまいましそうに言いマユリアが笑った。


「そうですね、ルギはわたくしの命でトーヤに付いていました。つまり、そのような形を取りたいということですね?」

「はい」


 ダルが膝をつきうやうやしく頭を下げた。


「あの、すごく厚かましいお願いだとは分かってるんです。でも、でも俺、やっぱり漁師が好きで、剣の修行したからって剣士になれるわけじゃないし、トーヤみたいに傭兵やれるわけでもルギみたいに衛士を務められるわけでもありません。だから、なんかその、漁師と兼業けんぎょうって言うか、トーヤの手伝いだけとは言いませんが、なんか、宮から言いつけられたらお手伝いするって言うか、なんか、そういう仕事をさせていただけたらすごく光栄だと思います」


 つっかえつっかえ一生懸命そう言って、さらにダルは頭を下げた。


「面白いですね、では何か考えてみましょう」


 マユリアがニコニコしてそう答えた。


「ほ、ほんとうですか!ありがとうございます!]


ダルが、もうこれ以上下げると床にめり込みそうなほど深く頭を下げる。


「頭をおあげなさい、痛くなりますよ」

「は、はい……」

 

 ダルが頭を上げるとトーヤが呆れたような顔をして見ていた。


「おまえ、えらいこと考えつくな……」

「だって、なんかトーヤの役に立ちたかったんだよ。それで考えたんだ。それだったらなんかできるんじゃねえかなって」

「トーヤ、良い友人を持ちましたね」


 マユリアがうれしそうにそう言い、トーヤは黙ってこくんと頭を下げると、


「……ありがとな、ダル」


 ダルをしっかりと見て、やっとというようにそう言った。

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