6 捕縛

 トーヤは走った。

 どこへどう走ればいいかなど分からない、だが止まるわけにはいかない。


 ルギも走るのは遅い方ではない、むしろ早い。だがトーヤはそれを上回る速度で距離を開けていく。

 ケガの影響もある。あごの先をかすっただけとは言えそれなりに深さもあるらしく出血が止まらない、それが全く気にならないわけではない。


(とりあえず馬房だな)


 どこへどう逃げるにしても馬は必要だ。

 いつもカースへ行く時に乗っている馬のいる馬房ばぼうが墓所の南東あたりにある。あそこまで行って馬に乗れば、そうして宮を飛び出せばなんとかなる……


「はずもねえかな……」


 そう自嘲的に言いながら、なおも走る。


 軽く後ろを振り向くとルギの姿はやや小さくなっている。

 もしも、ここが戦場だったら、このまま振り切って自陣じじんにまで逃げ込める自信はある。

 だがここは戦場ではない。シャンタル宮、シャンタリオ、シャンタルの神域だ、いくら走っても敵の手の内と同じ。


 それでも走り続けたら馬房が見えてきた。


「よし!」


 なおも走って馬房を囲っているさくの中に走り込もうとしたその時、


「な!」


 ルギと同じ服装をした衛士たちが数名、トーヤの行く手をはばんだ。

 さすがにトーヤも足をゆるめる。

 どうやら逃走するならここと読んで部下を待機させていたらしい。


「止まれ!」


 1人が抜剣ばっけんして構えた。


「……分かったよ、分かったってば……」


 徐々に速度を落とす。


「手を上げろ!」

「了解……」


 大人しく両手を上げる。

 右手にはまだナイフを握っている。


「気をつけろ、ナイフ以外にも何か持っているかも知れん」


 走りながらルギが叫んだ。


「持ってねえよそんなもん! このナイフで手一杯だよ!」


 後ろからルギ、前には見たところ6名の衛士。


「だからな……」

「うわっ!」


 トーヤに剣を向けていた衛士の左手、二の腕からいきなりナイフが生えた!

 たまらず剣を取り落してナイフが刺さった部分を押さえる。

 トーヤがナイフを投げつけたのだ。


「この!」


 他の衛士たちが抜剣するより早く、トーヤはナイフが刺さり左手を押さえた衛士の体の重心が左に移ったその間まで走り込んでいた。

 向かって左の剣を抜こうとしている衛士との間を通り抜けざま、その左足を左足で引っ掛ける。


「うわあっ!」


 左側の衛士がバランスを崩して隣の衛士の上に倒れ込んだ。

 右側の衛士が振り向いて追いかけようとするが、その時にはもう数歩先まで走り抜けていた。


 が、トーヤが向かったその更に先にまだ数名の衛士がいて全員が剣を構えている。


 ついにトーヤが足を止めた。


「待て!」


 後ろからさっき追い越した衛士たちも取り囲んでくる。

 そのさらに後ろからはルギが。


「降参……」


 トーヤはそう言ってどさっと地面の上に腰をついた。


「隊長、血が!」

「たいちょお~?」


 肩で息をしながらトーヤがめんどくさそうに左肩越しに後ろを見る。


「あんた、そんな偉そうな肩書だったのかよ」

「無礼な! 『シャンタル宮第一警護隊隊長』だ!」

「だいいち~」


 ケラケラとトーヤが笑った。


「いやあ、てっきりお供のおっさんかと思ったらたいちょう~」


 そう言って笑い続けるトーヤを剣を構えた衛士たちが取り囲む。


「大丈夫だ、大したことはない」


 そう言ってルギがあごを押さえるがその指の間から血が滴っている。


「たいしたことない~? まだ血が止まんねえのによ」

「無礼な!」

 

 衛士の1人がトーヤの喉元のどもとに剣を突きつけた。


「やめろ」


 ルギが声をかけ、すぐさま剣が引かれた。


「さてさて隊長、俺はこれからどうなるのかな?」

「とりあえず暴れられると厄介だ、しばらせてもらう」

「やれやれ、どうぞ」


 地面にあぐらをかき、両手をあげる。


「縛れ」

「はっ!」


 あっという間に後ろ手に縛り上げられてしまった。


「さあ、次はどうする? どこぞの柱に吊るすのか?」

「そんな野蛮なことはせん。気をつけて連れてこい」

「は!」


 トーヤの四方を4人の衛士が取り囲んだ。

 後方の衛士が縛った縄の端を握っている。


「かわいい小ネズミ1匹にえらい騒ぎだな」

「黙って歩け!」

「はいはい、わあったよ、大人しくしてますよ」


 そうして馬房の横を通り過ぎ、前の宮の裏側に連れて行かれた。

 いくつかある前の宮の建物と建物の間のような場所、ちょうど通路のような感じだ。

 宮のあっちこっちを調べて回ったトーヤだが、ただの通り道としてしか使ったことはなかった。


「こっちだ」


 柱の1本、飾りの一つもないそっけない柱のどこかを押すと隠し扉が開いた


「わ、なんだよこりゃ」

「黙って歩け!」

「分かったって」

 

 大人しくその扉をくぐり暗い廊下に入る。

 特にかび臭い空気とかではない。ということは常に出入りのある扉ということだ。


「どこだここは」

「黙って歩け」

「あんた、それしか言えねえのか?」

「黙って歩け……」

「はいはい、と……」


 細い廊下に入り四方を囲んでいた衛士の隊列たいれつは崩れて前後に2人ずつの形になった。後ろにはルギもいる。


 一行はしばらくまっすぐ歩いたが、やがて見えてきた階段を上がる。


「前の宮のどこかだってことは分かるんだけどなあ……」

「黙って歩け」

「ほんっと、それしか言わねえのな」


 階段を上がり切ったところの扉を開ける。


「ここは……」


 そこは見たことのある場所だった。

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