4 出会い

「当時のシャンタルってことは、今のマユリアだな?」

「そうだ」


 ルギは奥宮の衛士に捕まり、前の宮の一室に連れて行かれた。


「その部屋に1人置かれてな、どうなることかと思った。やっと前を向いて生きていこうと思ったそのすぐ後に、なんでこんなことにってな」

「そんで?」

「おまえも行っただろう、あの謁見の間に連れて行かれた」


 ルギが衛士に連れられて謁見の間に入ると、トーヤが経験したのと同じように、目の前でカーテンが開かれた。

 そして壇上にいた当時のシャンタル、今のマユリアと初めて会った。


「美しかった……」


 ルギが夢を見るように言う。


「当時はえっと、マユリア、じゃなくてまだシャンタルか、が8歳ぐらいか? そんなガキがそんなにきれいだったのか」

「ああ、今と変わらずお美しかった」


 壇上の赤いソファに座っていたシャンタルは優雅に立ち上がると、ゆっくりと檀を降りてきて、ひざまずいているルギの正面に立ち、ニッコリと笑った。


「ちょ、ちょっと待て!!」

「なんだ?」

「シャンタルって笑うのか?」

「当たり前だ」

「いやいやいやいや、今のシャンタルは違うだろうよ! 何考えてるかさっぱり分からん、表情もねえ、きれいじゃあるが人形みたいで、笑うなんて想像もできねえぞ!」

「それは当代の話だろう、先代はよく笑われた。話もよくされた」

「そりゃねえよ~」


 トーヤが情けなさそうに言った。


「そのぐらい愛想あいそよくしてもらえたら、俺だってもっとがんばって助け手ってやつやろうって思ったのによお」


 ルギが声を上げて笑う。


「わ、びっくりした! あんたもそんな風に笑えるのかよ」

「悪かったな……」


 そう言いながらもまだクツクツと笑い続ける。


「ほんっと、別人みたいだよな、いつもと……そんでもまあ、あんたの認識がちょっーとだけ変わった」

「どういうことだ?」

「俺の持論じろんなんだ、笑える人間に悪いやつはいねえって」

「なんだそれは」

「人は、笑う時にその人間にふさわしい笑い方をする。いいやつはいい笑い方、やさしいやつはやさしい笑い方、そして悪いやつは悪い笑い方だ。それでもまだ笑えるやつはいい、一番問題なのは笑えないやつだ。あんたは本心からは笑えないやつだと思った」

「なんだそれは」


 もう一度そう言ってルギが笑う。


「まあな、笑おうが笑おうまいが、俺はあんたが嫌いだから、あんま、関係ねえけどな」

「奇遇だな、俺もおまえが嫌いだ」

「気が合うなあ」

「全くだ」

「そんで、マユリアと、おっと当時のシャンタルと出会って、それからどうなったんだ?」

「そうだったな」


 ルギが話を戻す。


「あまりの美しさに呆然とした。だが勘違いするな、姿形の美しさだけではない、あの方のかもし出す内側から光る聖なる美しさにだ」

「わあったわあった」


 トーヤはぞんざいに返事をした。


「なんでもいいが、あれだろ? つまり一目惚れしたっつーことだな?」

「馬鹿なことを言うな」


 後ろでルギが顔をしかめるのが分かるような様子で言う。


「そんな俗な感情ではない。おまえと一緒にするな」

「あ! 傷つくなぁ、そんな言い方。俺だってこう見えて純情で純粋なんだぜ?」

「おまえは本当に面白いな」


 そう言いながらも、今度は笑っていないようだった。


「まあなんでもいい、とにかくそのようなぞくな感情ではない。あえて言うなら神に出会った、そういう敬虔けいけんな思いだった」

「へいへいそうですか、っと……そんで?」


 マユリア、当時のシャンタルは美しく微笑むと、ルギに名前を聞いた。


「名前は?」

「ルギ……」

「ルギ、どうしてあそこにいたのですか?」

「それは……」

 

 ルギは言葉に詰まった。


 家族を亡くして絶望し、その思いをぶつけるべく王宮に暴れこみ、そうして殺されるつもりだった、などと答えられるものではない。


「どうしました? なんでもいいのですよ、言ってみたらどうですか」


 言いよどんでいると、その方はそう言ってじっとルギの目を見つめた。


 その目を見ているうちに、この方になら何を言っても分かってもらえるのではないか、そう思うようになっていった。


 家族が亡くなって忌むべき者になったこと、その後で村を出され、最後に残った母を亡くしたこと、そしてここへ来た経緯など、気がつけばすべて話してしまっていた。


「あ~分からんではないな、俺もマユリアにはいっつも気をがれちまってるからな」

「そのようだな」


 そうしてすべてを話した後、その奇跡のように美しい女神はこう言った。


「そうでしたか。それで、おまえは自分の運命を見つけたのですか?」

「はい、多分……」

「そう、それはよかったこと」


 また花がほころぶように笑う。


「では、おまえは自分が見つけた運命のまま、思うように生きればいいでしょう」

「はい」


 そうしてそのまま衛士になった。


「って、ちょい待ち! そういうのでなれるのかよ衛士って!」

「俺の場合はそうだな」

「なんだよそりゃ~」


 トーヤは呆れてはあっと息を吐いた。


「それで現在に至る、ってわけか」

「そうだ」

「やれやれ……そんで、あんたもあの部屋の出口が分からなくて困ったわけだな?」

「そんな間抜けな真似はしない」

「さいですか……」


 そんな話をしながら歩き続けていると、やがて出口らしき光が小さく見えてきた。

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