第二章 第三節 進むべき道を

 1 謝罪

 当日はそうしてミーヤと2人でフェイのことを話して過ごしたが、トーヤと、そしてミーヤにもどうしても気にかかることがあり、翌朝、ミーヤはキリエを通してマユリアに謁見を申し込んだ。


 その日の昼過ぎ、思わぬ人間がトーヤの部屋を訪れる。

 キリエである。

 トーヤが目を覚ました時に一度部屋を訪ねたが、それ以降は謁見の時に少し顔を合わせたのと、ミーヤが休んだ日、それからあのトーヤが乱入した時に話をしただけで直接接触することはなかったのに、一体どうしたということか。


 キリエは部屋に入るとまず膝をつき、トーヤに向かって丁寧に一礼をした。


「あなたにお礼と、謝罪をしなければなりません」


 トーヤも、一緒に部屋にいたミーヤも戸惑った。

 謝罪をしなければいけないのは自分たちの方である。


「頭を上げてくれよ、謝らなきゃいけないのは俺の方だ。この間はすみません、荒っぽい真似をしました、申し訳ないことをした」


 トーヤも立ったままであるが深く頭を下げてキリエに謝罪をした。


「あれはマユリアから事情をうかがいました。本来なら許されざるべき行動かとは思いますが、事情ゆえに普通の状態ではなかったと理解していますし、もうよろしいです」

「本当にすまなかった、そう言ってもらえるとうれしいです」


 トーヤがもう一度丁寧ていねいびと礼を言う。


「それと、マユリアへの謁見のことですが、しばらくお会いにはならないそうです」

「やっぱり怒らせたせいか……」

「いいえ、マユリアはそんなことはなさいません。ただ、今はまだ時が満ちてはおらぬ、ということでした」

「時が満ちる?」


 マユリアの口から以前もその言葉を聞いたことがある。


「それから、あの質問の答なら私でよかろうということで、私が参りました」

「そうですか」

「ただ、その前に私からのお礼と謝罪を……」


 キリエが膝をついたままさらに深く頭を下げる。


「当宮の侍女見習い、フェイが大変お世話になりました。お礼申し上げます」


 これにはさらに2人とも戸惑った。

 フェイは、元々キリエがミーヤを見張るために付けたのだ。それなのに世話になったと礼を言うとはどういうことだ。


「キリエ、さん、フェイは俺が勝手にかわいがっただけで、あんたに礼を言われる筋合いはないと思うんだが」

「いいえ、宮の侍女はすべて私の子供のようなもの、その子があのように幸せにいられたことにお礼を申し上げないわけにはいきません。本当によく……」


 キリエの言葉の最後は消えるように小さくなった。


「ミーヤからお聞きになっているのではないかと思いますが、フェイは、あまり恵まれた人生を送ってきてはおりません。この宮に来てからも、いつも周囲の人間とは線を引いているというか、少し孤独な場所にいる子でした。正直、あの子があれほどまでにあなたになつくとは思ってもみませんでした」

「元々あの子をミーヤにつけたのは、フェイのそういう性質、あまり人と打ち解けぬ部分を知っての上でのこと、あまりあなたと親しくなり過ぎぬ子をと考えてつけたのです。それがどうしたことかみるみる子供らしい表情になり、毎日を楽しそうに過ごすようになりました。戸惑うばかりです」

「そのことを間違いではなかったかと思うこともありましたが、幼くして急にあのようなことになると、結果としてはよかったのだとしか……本当にありがとうございます、感謝いたします」


 キリエの真っ直ぐな気持ちを聞いてトーヤは胸が熱くなり、ミーヤも涙ぐんだ。

 やはり人の上に立つような人間は器が違うものだとトーヤは思った。


「それと謝罪ですが、あの子の最後の言葉を聞き、それは私のせいだと、本当ならフェイに謝らなければいけないことですが、もう叶わぬこと。ならばせめてあなたに聞いていただこうと思いました」

「謝罪ってなんです?」

「医師から聞きました。フェイが、あなたがいつかいなくなってしまう人だと言っていたこと、それは私が申しました」

「あんたが?」

「はい……」


 キリエが顔を上げてトーヤを見た。


「こうなることで別れずに済んでよかったとも申したとか……ですが、これは悪意からではありませんでした。あの子が、あまりにあなたになつくもので、あの人はいつか行ってしまう人だ、あまり親しくなり過ぎるのは良くない、そう申しました」

「そう言ったのか」

「ええ、その言葉がもしかしたらあの子から生きる意欲を奪い、その結果があれなのだとしたら、私はなんと罪深いことを申したものかと……あなたが、あの子との別れをどれほど嘆き、悲しんでいたかを聞き、私はなんと……」


 キリエが言葉をつまらせた。

 確かにフェイはあの時トーヤがいつか行ってしまう、それが悲しいと言ってはいた。だが……


「頭を上げてくれないか?それは、多分あんたのせいじゃないから」

 

 キリエが顔を上げていぶかしげにトーヤを見る。


「あんたの言う通りだからな、俺はこの国の人間じゃない、まだどうなるかは分からんが、あんたが言う通りいつかは多分この国から行ってしまうんだろう。フェイはそんなことちゃんと分かってた。だから、あんたに言われなくても結果は同じだった。それに、俺が行ってしまうことで気を落としてがっかりして生きる意欲をなくすような子じゃねえよ、ああ見えて自分の意志はしっかりある子だった」

「問われぬのに横から発言することをお許しください、私もそう思います。フェイは賢い子です、キリエ様がそうおっしゃられなくても自分で分かっておりました」

「そう言ってもらえると私も救われますが……」


 キリエはまだ納得していないようだった。


「本当だよ。あんたがいつそれを言ったか知らないが、承知の上でできるだけのことをしてくれようとしてた。こちらこそ礼を言うよ、あんないい子をよくつけてくれた、俺も幸せだった」

「私も、本当の妹のように幸せな時を過ごせました、キリエ様、ありがとうございます」


 2人に揃って頭を下げられ、キリエの瞳から一筋の涙が流れた。

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