3 普通の日々

「黙って聞こうぜ」


 アランが顔から火が吹かんばかりの顔のベルをなだめる。

 

「アランの言う通りだ、とりあえず聞け」


 トーヤが常にないぐらい厳しい言い方で言う。

 ベルが音がするほど歯を食いしばって黙って睨み返した。


「いい目だ」


 ニヤリとトーヤが笑い、何事もなかったように話を続ける。


「とにかく、さっき言ったようになるようになれと思ってな、結構好き勝手動くようになった。ルギが誰かに何か報告したいならすりゃいい、そんな心持こころもちでな。ただ、ミーヤとフェイにだけはあまり迷惑をかけずに動きたかった。でないとあいつらは俺がいなくなった後でつらいだろうが」

「確かにそうだな」


 アランが同意する。


「その点、ダルは自由に動けるからな。宣言した通りに色んなことに利用させてもらうことにした」


 トーヤがそう言って少々悪そうな顔でニヤリと笑う。




「ってことは、例の洞窟がどこまで続いてるか知りてえんだな?」

「そうだ、頼めるか?」

「多分大丈夫だろう」

「危険なことは分かってるんだが、頼めるのはダルしかいねえ」

「任せろって」


 ダルがドンとトーヤの胸を叩く。


「おまえ、ほんっとにしっかりしたよなあ」

「そりゃ俺だって成長するさ」


 ダルが得意そうに胸を張る。

 トーヤがプッと吹き出した。


「なんだよ~」

「いやいや、ダルはどこまでいってもダルだよな、うん、変わらねえでくれよな?」

「なんだよそれ~」


 利用しようと思って近付いたはずの、人がいいだけだったはずのダルを、まさかここまで信頼するようになるとは。トーヤにとってうれしい誤算ごさんだった。




「そうして頼めるところはダルに頼んだ。そして俺はルギと一緒に夜の王都なんかにも出入りするようになった」

「ミーヤさんとフェイちゃんはどうしたんだよ」

 

 気になるからだろう、顔は横を向きながらもベルがトーヤに聞く。


「さすがに夜の街にまで連れてけねえしな。ルギが一緒だってのでキリエのおばはんも納得してたのか、無理に着いて来ることもなかった」




 夜のリュセリスはやはり違う顔を持っていたが、それはトーヤが思った通りお行儀のいいつやを持った上品な夜の街だった。足を伸ばして行ったカトッティの東の街は大きな港町だけあってさすがにトーヤの生まれ故郷に似たにおいを持ってはいたが、生憎あいにくとそちらにはあまり足を伸ばせなかった。


「ここまでだ」


 いつもルギがそう言って止める。

 やはりトーヤは自由に動けているようで、ある程度の制約の範囲で動くようにゆるやかに見張られているらしい。


「あんた、はめ外すってことはねえのかよ?せっかくこんなところに来てきれいなお姉ちゃんの1人と手握ることもねえって、つまんねえ人生だな」


 トーヤが文句を言うのも意に介さない。


「戻るぞ」

「はいはい、分かりましたよ」


 逆らっても後々いいことはなさそうだとトーヤも大人しく付いて戻る。




「そんな感じでな、段々と動ける範囲、できることが分かってきた」


 移動できる範囲は西のカースから、正確にはマユリアの海から始まって東はカトッティの港まで、ほぼ王都リュセルス内のみ。その範囲なら供が付けば大抵のことは許された。北はシャンタル宮より上は山になり、その山の向こうに続く王宮の東から北へ続く道の先には行かせてもらえない。


「ほぼ王都内だけだな自由に動けるのは。それでその中で何かをやらせたいんだと分かってきた」

「ってことは、やっぱりシャンタル宮の中でってことか?」

「結果的に言うとほぼそれで正解だ」

「ほぼ?」

「ほぼ、な」

「なんか分からんが今はそう聞いとく」

「それでよしだ」




 そういう生活をまた一月ひとつきほど続けた。

 トーヤがカースの浜に打ち上げられてから三月みつき近くの日がたっていた。

 季節は夏から秋に移り、温暖な気候のリュセルスでも朝晩はやや肌寒い日がある。


「もう1枚上着を着た方がよくありませんか?」

「いや、いいよ。あっちでもそんな厚着で動いてなかったしな」

「そうですか?寒かったらいつでもおっしゃってくださいね」

 

 そうやって短い言葉をミーヤと交わす。


「ようちび、寒くねえか?」

「はい、寒くありません」

「そうか、ちびは元気だな」


 いつものようにフェイの頭をガシガシと撫でる。


「そんなに強くしたらせっかくまとめた髪が乱れてしまいます」

「また怒られた」


 フェイはそんな会話を聞いて笑う。


 そんな普通の日々とカースへ行く日の交代。そんな生活にみんなすっかり慣れたそんな頃、それは起こった。

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