第二章 第二節 青い運命

 1 本当の役割

「トーヤ、そんな小さい子にまで……」

「おい待て! またそんな勘違いされるような言い方、おまえ」

「信用できねえからな……」

「俺はガキに手出すような趣味ねえっての」

「どうだかな……って、はっ! もしかして、おれのこと助けたのも下心か!」

「誰があ!」

「だから、また話がそれるだろうが、おまえら」


 アランにまた叱られる。


「すまんすまん。だがな、本当に楽しい夜だったよ、あれは」

「馬のことが気になるがな」

「ああ、あれな」

「それで、実際にダルはその馬で宮と行き来することになったのか?」

「なったよ。しょっちゅう宮に来るようになった。村でももうダルは好きにさせるようになったって感じかな。村に戻ったら漁に出るし、宮に来たら俺やルギと剣の訓練したり、他にも色々な。なんか一気にいっぱしの男になってった気がする」


 ふっとトーヤが楽しそうな目をした。


「いい友達だな」

「そうだな」


 トーヤが木のカップに入ったすっかり冷めたお茶を一口飲んだ。


「ダルのおかげだな。なんかすっかり気が楽になった。そのせいで馬のこともそんなに気にならなかったな。その前の俺だったら、なんの魂胆こんたんがあるんだってかなりピリピリしただろうけど」

「実際は変わんねえんじゃねえか?」

「それはそうなんだがな、やるならやれって心持ちになれた」

「そうなのか?」

「ああ、何やられてもこっちは自分がやることやりたいことやるだけだからな。何しろ何をやれとも言ってこねえんだからよ、助けろって言いながら」

「それなんだよなあ……」


 アランがうーんと言いながら首を傾げる。


「ここまで聞いてもまだ何をやらせたいか全く出てこねえ」

「そりゃ、本当のところはまだ分かってねえからな」

「今でもか?」

「そうだ」


 もう一度カップに口をつける。

 トーヤがじっとカップを見つめた。

 まるで、それにフェイのリボンが巻いてあるかのように。


「その後も色んなことがあってな、それでこうしてここにいるわけだが、今でも本当にやらせたかったことってのが分かってねえ」

「シャンタルを連れ出すことじゃねえのか? 何があったか分からんが、連れて逃げてもらいたかったんだろ? 助けるってそういうことじゃねえのか?」

「かも知れんが、分からん」


 カップから視線を外さない。


「だけど、それだけじゃねえと思う」

「どういうことだ?」

「俺はあの国に戻ろうとしてる、シャンタルと一緒にな」


 「一緒に」とトーヤは言う、今度は「連れて」ではない。

 シャンタリオに戻るのはトーヤの意思でありシャンタルの意思なのだ。


「多分だが、こっからが本番なんだと思う、俺の役割のな。言ってみりゃそのためにこいつ連れて逃げてきた、全部置いてきた。だがそんだけなんだよ、まだ」

「まだって、生き神様連れて逃げて、それはこいつが男だってこと隠すためじゃなかったのかよ? ばれちゃまずいから逃げてほしかったんだろ?」

「ああ、もちろんそれもあるだろうさ。だがな、多分違う、そんだけじゃない」

「なんでそう思うんだ?」

「すっきりしねえんだよなあ……」


 トーヤは頭をガリガリかいた。


「あの時と同じっつーか、まだ続きがあるって分かったままこっち戻ったみたいな気持ちだ」

「分かんねえけどなあ、俺には」


 アランが言う。


「そんじゃ、こっちに連れて逃げてきて、そんでどうすりゃいいんだ? とりあえず自分の元の場所に連れて来た。そうして結構ヤバイ仕事を一緒にやらせてる。そんで? その先は? 一生死ぬまで続けるのか?」

「確かにな」

「おまえ、ちょっとした金貯めたら足洗ってベルと店でも持ちたいって言ってたよな?」

「ああ、今でもそのつもりだ。だから今度の西の戦でちょっとまとめて稼いでそれでと思ってた。危険がないわけじゃねえが、まとまった金を手に入れるにはうってつけだよな。だからそれに一緒に行けると思ってたんだ」

「すまんな」

「いや、それはいい。なんか聞いてみたらえらく複雑な話だしな」

「そういうのがねえんだよなあ、最終目標とか希望って言うのかな、そういうのが。神様連れて逃げてきて、そんでどうすりゃいいんだ? シャンタルが小金貯めて小さい店持ってそこの主人になるのか? 想像つくか?」

「つかんな」


 アランが笑った。


「第一神様が入ったまんまだ。それもどうすりゃいいか分からん。だから何にしても一度あの国にもどらなきゃならねえ」

「そこは納得した。ただ分からんのは、なんでそれが今なんだ?」

託宣たくせんがあったからな」

「え?」

「ええっ!」


 アランと、そばで黙って聞いていたベルも驚く。


「託宣って、それ……」

「こいつがな、次代様じだいさまがいらっしゃるって言い出しやがったんだよ」


 トーヤがクイッと指をしゃくってシャンタルを指す。


「シャンタル、本当なのか?」

「うん、感じる。もうすぐ次代様がいらっしゃる。シャンタルの交代がある」

「えっ、それって十年おきじゃねえのか? シャンタルって確か18だって言ってたよな? 二年も早いのか?」

「大体十年と言うだけできっちりではないからね。それに何か理由があるのかも知れない」

「それで予定くるっちまったんだよなあ」


 トーヤが言う。


「俺もおまえたちと一緒に行って一年ぐらい稼いでから思ってたんだがな、早まっちまったみたいだ」

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