22 侍女頭キリエ
フェイを送り出すとキリエは自室に戻り、疲れを感じながらソファに身を沈ませた。
(これも年齢ゆえか)
右手で
フェイの悪意も何もない一言、見聞きしたこと全てを報告せよとの命に従うべく発せられたたった一言、その
なにゆえに考えて言葉を口にするということができないのか。そう
「私が一緒でかえって肩が凝ったか。好きに言っておればいい、私だとて好きで一日一緒にいたわけではない」
キリエは職務に忠実である。幼い頃に宮に上がり、シャンタルとマユリアのために生きてもう半世紀になるが、どのような命令にも従順に従ってきた。
だがキリエとて人間である。その命令の全てに嬉々として従ってきたわけではない。中には
はっきり言ってトーヤのような人間は嫌いであった。顔や態度に出すことはないが心の中では密かに嫌っている。
「笑っていた、か……」
フェイから聞いた報告の中にあった言葉をキリエは思い出す。
マユリアの指名でさえなければ、もっと
そもそもミーヤの役目は「衣装係」である。他の同僚たちと共にシャンタルやマユリア、その他の者たちの衣装を整える。脱いだ衣装を洗濯や補修の係に届け、きれいになって戻ってきた衣装をいつでも出せるように用意をしておく。
まだまだ順位でいくと下の役割で、シャンタルやマユリアと直接言葉を交わせることもなく、衣装に直接手を触れられるだけでも光栄と感じなければならない立場だ。
『そこのオレンジの服の侍女をカースに同行します』
名前すら知らぬ侍女を差してマユリアがそう言った時には驚いた。
そしてさらに、流れ着いた客人の世話役に指名した時には、キリエだけではなくミーヤ本人を含めたみんながその何倍も驚いていた。
だがマユリアの命は絶対だ。
ミーヤは元々
マユリアからは「助け手を丁重にもてなすように」としか命を受けてはいない。それは守っている。守った上で見張ることには問題はなかろう。何かがあっては遅いのだ、過ちはないように手を尽くすのも侍女頭としての自分の役目である。
キリエは心から尊敬し、敬意を払って代々のシャンタルとマユリアに仕えてきた。
だが、その一方でただ一点だけ、曇りのないキリエの心の中に疑念とも言えるものが巣食っているのも自覚をしていた。
「なぜ、当代のシャンタルは……」
口に出すことも
この十年、頭の片隅から離れずにいる事実。
キリエは右手で額を押さえると、ふるふると左右に振った。
シャンタルの託宣に間違いはない、あろうはずがない。
ではこの事実もまた間違いではない。
間違いではないのなら、今のこの状況ももちろん間違いではない。
シャンタルの託宣の意味が分かるには数年、数十年かかることもしばしばある、その時が来れば間違いではなかったことが分かる。
では、あの下賤の者を重く扱うこともまた間違いではないのだろう。
「だがもしも……」
またキリエは言葉を飲み込む。
(もしも間違いであるとしたら……)
キリエは当代シャンタル、先代、つまり当代マユリア、そのさらに先代の時にも出産に立ち会っている。当代が女性ではないと知っている数少ない人間の一人である。
先代の託宣が間違いであったとしたら、それにつながるすべてが間違いとなる可能性がある。
先代の託宣が間違いであったとしたら、その先代を選んだ先々代の託宣も間違いである可能性が出てくる。そのさらに先代も、そのまた先代も……
「そんなことはありえない!」
強く声に出してみても
実際に当代が成長するに従って数々の託宣をし、いくつも正しいで道を示していることは事実である。シャンタルではないものにできることではない。
だがそれは、幼いシャンタルに代わり、まだ力を残すマユリアが託宣の振りをさせているといしたら……
「ない、そのようなこと!」
もう一度大きな声を出す。
その大きくて小さな一点が、十年より前にはなかった澄み渡るようなキリエの忠誠心に小さくて深い穴を開けた。
もうすぐ
一体どうなるのか、当代がそのままマユリアと交代するのか、その先は……
「神々のなさること、私ごとき
キリエは今までに何回、何十回、何百回と自分に言い聞かせてきた言葉を口にし、今回もまた心にフタをした。
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