第二章、転生ビフォーアフター

まず、初めに言葉ありき。

言葉を発せられるもの、かく語りき。

「光あれ」


光は闇とそうでない物を明確に分かち、もろもろのけじめとした。

生死も善悪も明暗も有無も是非も上下も左右も、ものみなすべての区切りである。


区切りあるところに有がうまれ、区切りなきところに無があらわれる。


しこうして、この有と無は同格に見えて対偶にあらず。


有にはそれなりの因縁があり、また無にもまつわる訳あり。


かくして互いに相容れぬ関係は数々の争いごと、災いごとの火種となりて余の末まで禍々と明々と万物を燃やすことわりなり。


気温摂氏40度。赤茶けた大地に長い人影が落ちていた。

あたり一面、この世とは思えない奇岩だらけだ。

ソフトクリームを中途半端に溶かしたような独特の岩山。氷河による浸食のあとだという。

「えっと、この下に巨大な地下都市が眠ってるのね。ここ、カッパドキアは世界遺産にもなってるんだけど、もっと有名な秘密があるの」

タキシード姿の男が女性観光客相手にガイドをしている。

「「ええーっつ?」」

驚きとどよめき。

ヒョウ柄のファッションで決めた女が「ウッソオオオ?」と語尾をあげている。

「実はね。カッパドキアには洞窟なんてもんじゃない、とてつもないトンネルが存在するの。数十万年前に来訪した何者かが掘ったの」

SFアニメのような安っぽい設定がポンポンと口をついて出る。

彼は観光客を引き連れて細長い階段を下りていく。

「ここはね。核戦争を想定したシェルターじゃないかと言われてる。でなきゃ、こんな暗闇で工事できないから! 松明なんか焚いたら一酸化炭素中毒になっちゃうから」

もっともらしい説明に女性たちはただただ驚くばかりだ。

「すごいです。でも、先生はどうしてそんなことを知ってるんですか?」

若い女の子が目をキラキラさせた。

「あっ、実はね。俺、宇宙の生まれ変わりだから。明石家宇宙やる前は宇宙やってたから」


えええ? 先生ってまさに宇宙の生まれ変わりじゃないっすかぁ!?」

「そう。俺の父親が宇宙の生まれ変わりだったんだ」

「えええー、じゃあ、こんなこともわかんないですね。宇宙の生まれ変わりって、宇宙史上ではだれが偉いっていうんですか?」

「そういうのは、自分が宇宙の生まれ変わりであることに気づけってこと」

「うわわわ!?」

「ちょっと、待ったー、待ってくれ!」

「はい! 待ったあ。待ったあ!」

女性たちが悲鳴をあげた。

「で、先生に話してもいいですか?」

「うん、いいよ。……ええと。その。そう! 秘密。これは俺の家が住んでいた人が見つけたトンネル。秘密の道みたいなもんだって。このトンネルはね。いつ終わるかわからないって言われてる。だから、このトンネル、間違っても絶対に使わないでください!」

女性たちのテンションが最高潮だ。

「あっ、信じる信じないも貴女次第よ♪」

「アホアホJKの子守は疲れるわ」


卒業旅行生の一行が掃けると明石家宇宙は好感度を下げた。都市伝説芸人はあくまでネタである。トークも営業もダメダメな候補生を事務所が苦肉の策で売り出した。ただ本人も十年目にして賞味期限を感じている。愚痴は本音だ。

「宇宙兄さん、串田辞めるってホンマでっか!」


運転手兼マネージャー兼弟子の明石家軽石がボトルを差し出す。串田プロが小惑星に因んで竜宮という芸名を挙げたが宇宙が却下した。「こいつは隕石にもなられへん。軽石でええやろ」


そんな大口を叩いていた宇宙だったが不況の煽りで唯一の冠番組に打ち切りの噂が立っている。「アホ言え。都市伝説はドル箱じゃ。それよりロケ弁どないかせぇ」


宇宙は一蹴した。ジリ貧は目に見えてる。去年までは千円の焼肉だった。それも国産黒毛和牛。今やのり弁当だ。視聴率は悪くない。ただ深夜枠を無理やりゴールデンに昇格させたため限界を攻めるネタが困難になっている。息切れは時間の問題だ。

「兄さん、えらい強気でんな。もしかして闇…」

禁句を口にした途端、右ストレートが命中した。転倒する軽石。

「ぶっ殺すぞ我、口が裂けても言うな」


宇宙は肩で呼吸していた。脳裏に悠久の記憶が蘇る。こんなはずじゃなかった。俺の曽云々∞祖先はもっとおおらかだった筈だ。虐められて泣くたび父に諭された。お前は宇宙の子だ。正真正銘の後継者だ。宇宙でお前は孤独でない。確か一族の始祖は宇宙Aと言った。彼は最初に家族を得た存在だという。「あかんのう、儂」。宇宙は自省した。

ロケ現場を俯瞰する視点があった。


宇宙Bは虎視眈々と準備を進めていた。カッパドキア文明を興したのも彼だ。宇宙人の遺跡は必要ない。


天体現象で喜怒哀楽を表現できる宇宙だ。ちょいとバイアスをかければ造作ない。

例えば南極のピラミッドと言われる四角錐。氷河が刻んだ自然の妙だ。上位互換の宇宙なら朝飯前だ。信じる信じないも事実だ。



彼はAの劣化ぶりを哀れんだ。そして主目的があった。造物主クラスの神聖と破壊の限りを尽くす究極の悪辣を衝突させた場合の化学反応だ。


本来ならば大宇宙の法則が乱れる程の危険行為であるが落ちぶれた宇宙Aに同格の刺客をあてがうことにした。


「やぁ、宇宙パイセン。五十億年ぶりっス」

ふらりと現れたのは後輩のの桂異世界だ。

「ひさしぶりやなー。君、何してんの」

「僕っすか。相変わらず鳴かず飛ばずですわ。先輩こそ凄いっすね」

異世界は熱中症対策専門の医師から給水車まで引き連れたロケ隊に感心する。

「いやいやいや、君こそ何しに来てん。君、ここトルコやで」

単価千円の芸人とは縁遠い場所だ。

「いやー。先輩、奇遇っすわ。実は僕も仕事中ですねん」

「はぁ?」

カメラを向けられて宇宙はたまげた。

「仕事ってお前、竹生芸能やんけ!まさか俺の番組壊しに来た?なにしてくれるん」

宇宙は激怒した。すると異世界は彼を驚かせた。

人間を創造してのキャラで売り出せと事務所

「あのう、実は、俺、宇宙の生まれ変わりなんですけど」

「はあ!? 嘘? 誰が宇宙の生まれ変わりだよ!」

「そうですよね。なんか急に」

「いやいや、お前が宇宙なわけないやん!何?喧嘩売ってる?」

「ちゃいますって。本当です! 宇宙の生まれ変わりなんです!」

「ええっ? どうゆうこと? 宇宙の生まれ変わりって何?証拠見せてみ」

すると異世界はそっと耳打ちした。

「衝突の件」

宇宙は青ざめる。

「お、お前…」

「実は俺みたいに生まれ変わる人もいるってことです」

「居てるってどゆこと。お前みたいなのんが他におるってかぁ、宇宙の生まれ変わりって誰?」


「そうですね。あの政界の鳩ぽっぽと呼ばれる方とか霊言なさる人とか」

「いや、それはどういうこと?」

「それはね。宇宙の不思議ですわ!」


「不思議ってお前! まさかその話で3時間SPひっぱる気ちゃうやろな。つか、カメラ止めぃや!」


宇宙は激怒した。このふざけた他局を収録現場から除かねばならぬ。

「カメラを停めるな」

異世界は頑として命じた。


「…まぁね、宇宙って個性豊かですからね、別の宇宙だとしか思えない者もおるということですよ。今、この惑星には、宇宙の生まれ変わりが住んでいる町もあるということ」


「ほへぇー。それで、お前、宇宙の生まれ変わりは転生にあらずってか?」

「それはそうなのですが」

「ふーん、なにがそうじゃないん?」


「いやあ、転生だと思える人って、だいたいが自分で名乗っていますからね」

「へえー、じゃあ、宇宙の生まれ変わりはパチモンっていうこと?」

「ええ、その通りです」

「ねえ、それってあんまりじゃない? 俺、明石家宇宙は宇宙の生まれ変わりじゃないってことじゃないの? 俺は宇宙の子孫よ」

「言うたもん勝ちは非科学的ですよ」

「へえー。じゃあ何かい。ネーミングだけちゅうことやね。ネーミングが証拠になるかいってほぉぉ」

「ええ、そうなりますね。それと……………………………」

そこで、彼の表情の変化に気づく。


「あ、ごめんね。なんだっけ、『宇宙の生まれ変わり』やったね」

「ええ、その通りです」

しかし二人は衝突の記憶を共有している。確かな血の盟約で結ばれてる。

名乗る資格がある。


「へえー、じゃあやっぱり、お前も転生しててんな。ちなみに今どこに住んでんの?」

「いえ、あなたは異空間にいた異空間の人ですよ」

「はぁ?」

「いや、明石家宇宙兄さん、あなたは宇宙の生まれ変わりやのうて異空間の人なんです」

「なんじゃそら」

「だって、転生自称は信用でけへんゆう話やったやないですか。言うてる詐欺師がぎょーさんおる、と。僕らは違いますねん。衝突の記憶も共有してる。エリートでっせ」


何だか、ガチな漫才になってきた。噂を聞きつけてカッパドキア旅行中の日本人観光客が集まってきた。


「そうなんだぁ。で何で君がここにいるのかって?」

「それはですね、これはあなたにしか教えられない秘密がありまして」

「へえー、何? どういう秘密?」

「ええと……………………はい。えっとですね、これは秘密の話ではなく、あくまでも僕の知るのはこの地球でのみで収集した情報に基づくんですが…、生まれ変わりやって、言うてはる皆さん。中には錯覚してる人も混じってんじゃないかと」

「はぁ」

「いやいやいや、兄さんの名誉のためにいいますけど、あくまでも宇宙の生まれ変わりの可能性はあるものの、あくまでも星の知識の可能性は捨てきれないという設定で、星の外の星の生まれ変わりということになります」

「星の生まれ変わりってなんやねん」

「シンプルに言うたら、意識高い系の恒星です」

「いきなり専門用語来たなあ」

「はい、僕らエリートですから」


どっと笑い声があがる。

明石家宇宙も後輩からエリートと呼ばれていい気分だ。

「エリートの俺がお前の学説、当ててこましたるわ!」

「え? どぞどぞどぞ」

明石家宇宙は人差し指を額に当てて考え込むポーズをとる。

そして、ビシッと言い当てる。

「ズバリ中二病や! 恒星が意識高い系をこじらして宇宙の末裔を錯覚してる! どや?」


適度な間をおいて、

「さっすが宇宙兄さん! 冴えてますなあ!!」

桂異世界がヨイショする。

「はいはい。あれやね。呪われた血筋とか選ばれし運命とか遺伝子の記憶とか」

「そうですわ。兄さん。設定マニアいうやつですね」

「書いた書いた。ガキんときコクヨのキャンパスノートにびっしり」

「うぅわ。まっくろくろすけな黒歴史」


しばらく中二時代の話で盛り上がる。


「へえー、そうかー。じゃあ、俺は実は星の生まれ変わりだねえ。あ、俺は宇宙の生まれ変わりという設定で」

「ええ、そのようですよ」

そして桂異世界は宇宙兄さんに釘をさす。

「まあ、このことは誰にも言わないでくださいね。本当のことを、ここで明かしてはいけませんし。でも、ただいまこの世界で起こったことについて話しただけでは、あまりよいこととしては呼ばれませんよ」

「うん、分かった。それにしても、俺らが宇宙の生まれ変わりだったなんてねー。それも、一星の生まれ変わりなんだって」

二人は和やかにその場を締めて各自のロケ現場へ戻っていった。


……。

「あっほ」

ロケバスで明石家宇宙は吠えた。

「あのボケ、引っかかり寄ったわ。芸も落ちぶれたもんやのう。話もおもろない。おい、軽石」

「はい」

「1カメさんに確認しとけ。ボケの醜態、一部始終撮ってあるやろうな?」

「はい、それはもうバッチリ」

「わかった。それユーチューブに流せ。許可もろもろは俺が何とかする」




宇宙Bは上から目線でほくそ笑んだ。

同時に結論の判明を喜んだ。

地球に遣わした桂異世界は見事に刺客の役目を果たした。

宇宙の真の後継者明石家宇宙を詭弁で丸め込んだだけでなく、ダークサイドに引きずり込んだのだから。

冠番組「飛ばしすぎシティーホラー」と「桂異世界のぽつんと不思議空間」のコラボと歓迎する向きもあったが、ロケ中の時間外に無断で営業まがいの活動をした経緯が串田興行、在版テレビ局上層部の怒りを買った。

宇宙本人としては桂異世界のしゃべくりを弄るつもりであったが、やぶへびになった。

闇営業問題が明るみになったのだ。

明石家宇宙本人は女癖が悪く子供もいないが、仮にできたとしても宇宙の末裔を自称したところで誰も相手にしない。

そして宇宙Bは金言を抱きしめた。

究極の正邪をぶつけると漫才になる。

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宇宙が転生した結果 水原麻以 @maimizuhara

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